異世界生活3

 ――トリンドル王国――


 トリンドル王国。王宮殿の一角に『聖女』と呼ばれる可憐な少女はいた。

 薄桃色の髪は綺麗にカールされ、たくしあげて束ねられている。首筋は細く白くて滑らかな曲線を描き、そこに溢れ落ちる髪が一つの芸術を産み出していた。

 少女は、窓辺に立ち外の景色を眺める。

 否、自身の中に流れ込むその力の存在を確かめていた。


 もう少し……もう少しであなたの魔力と運命は、私のものになる。あと一日か二日。それだけあれば、私の体は貴女で満たされるわ。


 そうしたら、貴女は露と消えるのよ……。


 誰にも知られず、誰にも気付かれず……ね。


 可哀想なレティシア様。本当なら王宮殿にいるのは貴女で、私は彷徨う亡霊のままなのに……。


 だけど安心して。あなたの幸せも、あなたの幸福も、あなたの立場も何もかもみんなみんな、私が貰っておいてあげるから。


 だから安心して、一人孤独な森の中で死んでいってちょうだいね?


 そうすれば、私は『聖女』の力だって思いのままに操れる。名実共に私がこの国の聖女で、ランディール王子がこの国の王になるのよ♪

 そのためにも、邪魔な王様と第一王子様にも消えてもらいましょう……。

「うふふ…………。あはははっ……!!」


 可憐な聖女エリーナは、外遊中と留学で不在となっている王と第一王子から王位の簒奪を画策し始めるのだった。



 ***




 ―― AM8:00




 今日は、刻んだ梅干しを投入して梅粥にしました♪白粥も悪くないけど、やっぱり一番は梅よね~。


 昨夕洗ったカーテンとソファカバーも乾き、畳んで抱えて、何時もの草刈り装備とお掃除装備を携えて、出陣よ!!



 いざ行かん!異世界へ!!



「『そうだ、異世界へ行こう!!』」



 シュパアアアアア――――!!


 毎度お馴染みとなりはじめた、これ。誰かに見られたらかなり恥ずかしいよね。


「レティシアさん、おはよう~。調子ばどうかな?」

 今日も昨夜と代わり映えのない白色ミイラのレティシアさん。


『おはようございます。お陰さまで、大分体調が良いようですわ』


 返事が出来ないミイラのレティシアさんに代わり、鏡の中の美少女天使レティシアさんが返事をする。

 う~ん。今日も、こっちは安定の天使っぷりだわ!!


「そっか。今日のお粥はね、昨日と違ってちょっとだけしょっぱ酸っぱいからね。驚かないでね?」


 にこにこ、梅干しは初めて食べると驚くからね。その酸っぱさに。あ、もしかしたら、色からして驚かれるかも。血肉みたいに赤いし、『やはり人の肉か!?』とかね。


 だから、タッパを開けて事前に中身を確認してもらう。


『その赤いのは何ですの?』


 梅粥の赤みを見付けた途端にレティシアさんの顔が曇り、眉間には皺が寄っていた。


 初めて見ると一見して赤いこのブヨとした物体は、血肉を思わせる鮮やかな赤で不気味に映るのかもしれない。


「梅と言う果実を塩と紫蘇と呼ばれる植物で漬け込んだものです。長期保存を可能にする為酸味と塩味が強く、抗菌作用や疲労回復効果が見込めます」


「まぁ、それではこの赤いのは植物の色ですの?こんなにも鮮やかな赤に染まるなんて……不思議ですわね」


 梅干しの、刻んだ欠片の色に感心を寄せるレティシアさん。


 梅の樹……植えようかな?異世界こっちに移住するなら、梅干しは恋しいし、梅酒、梅ジュース、梅ジャム……出来るもんね。作り方は調べなきゃいけないけど。


 あ、でもそうなるとお米が無いかな?

 一生分のお米を仕入れて、ストックなんて出来ないかな?無理だよね、流石にゲームみたいに無限収納とか無いよなーきっと。


 異世界こっちでも、どこかで作ってるとか、異世界こっちの人と交流持てたら、それとな~く作れないか頼めないかな?


 その前に、この家の回りの草刈りが最優先だけど……。先は長いなぁ……。



『すっ……酸っぱい!……でも、美味しい……ですわ。不思議な感じですのね』


 口にした瞬間、キュッと締まる首筋の感覚と、ジュッと染み出る唾液の感覚は、初めて梅干しを口にした者にとって新鮮な感覚をもたらす事だろう。しかし、不快な酸味でも、辛すぎるほどの塩味でもなく、お粥にした梅干しは口にもお腹にも優しいもの。


 弱った体の食欲を優しく後押しし、元気付けてくれる味なのだ。



 だけど今日もレティシアさんが食べられたお粥の量は、お茶碗の半分ほど。完食までの道程は遠しだね!!


『疲れたので、しばらく休みますね』

 そう言うと、レティシアさんは再び夢の人となってしまう。


 食事の後は、消化と回復の為に深い眠りに落ちてしまうから。一日を通して殆どが眠っている状態で、起きていられる時間もあまり長くはない。


 しっかしまぁ、よくこの二日でここまで回復したとは思うよ。何せここに来たときの彼女は、真っ黒に干からびたようなミイラだったんだもの。それが今は白くて、しわしわには違いないけど、干からびていた頃よりかは艶やかだ。






 今日は、レティシアさんの部屋の外側の窓拭きからスタート。

 水拭きだけど、真っ黒な汚れは墨を落とすように簡単に落ちていく。何度か繰り返せば、ガラス窓は部屋の中を映してくれた。



 その後は、草刈り。家の周りを延々と、半分以上刈った。家は、地面から少し浮き上がった作りで、地面との間に三十センチほどの隙間があった。

 風の通りが良ければ問題がないのだろうけど、今の家の周りは瘴気草や瘴気木で覆われ、風の通り道が無い。


 あれ~?これだと、湿気が隠りそうな感じだよね。

 湿気って、炭が良いんだっけ?炭…木炭…練炭?バーベキューのあの炭でも良かったのかな?一応、あれも炭だよね?


 後で試しに撒いてみようかな?床下に炭…。



 休憩と、家の下の虫除けと除湿を兼ねて木炭を購入する為に一度元の世界に帰ることに。






 ―――14:20


 ホームセンターで、意外な人と遭遇する。会計の為、レジに向かうメイン通路。よく、よく、よお~っく見知った顔だった。


「真理……買い物か…?」

 今一番会いたくない人。私が一番辛いときに浮気をして、その相手との間に子供が出来たと私を捨てた元婚約者……桜掴良治。

 私を見た瞬間、ばつの悪そうな顔でそう声をかけてきた。


「……まぁ」


 会いたくないのに出くわすなんて!!何でここにいるの!?貴方は営業職でしょ!?

 何でいるのよ……。


「すまない。……その、元気にしてるか?」


 元気!?元気かって!!?あんたに今、こうして出くわさなければ、もう少しはましだったわよ!!

 元気だけど、そんなわけ無いでしょ!?折角、少しは忘れかけていたのに……忘れようとしてるのに、何で……何で目の前に現れるのよ……!!


「一応は……」


 良治の問いに答えた声は、自分でも思った以上に低くて暗いものだった。

 良治の視線は、私から私が押していたカートの中を見た。



『練炭』



 そう書かれた箱が三つ。他にも木炭の箱もあったが、練炭が良治の脳裏に強烈に焼き付いていた。

 それを見た良治の顔が、蒼白なものにに変わる。


「真理…これ…………」


「練炭ね。でも、良治には関係ないから。私がどうしようと、私の勝手でしょ?」


「いや……でも……「さよなら。良治には、もう会いたくないの……」」


 何かを察したのか、止めようとするけどその声も最後まで紡がれることは無かった。私が止めたから。顔も、声も、その体温ももう、感じたくは無かったの。




 でも…きっと多分、誤解したわね。私が練炭自殺でも考えてるとか。まぁ、確かに。天涯孤独の身で、目前に控えた婚約破棄じゃあそう思われても仕方がないか。


 あのまま、異世界に行けるチャンスが無ければ、それだってあったかもしれないものね。


 良治だって少しは苦しめば良いんだよ。私が苦しくて悲しい分、そうさせた良治だって、苦しめば良い……。





 ―――PM15:00




 気分は最悪だった。折角持ち直しかけてもその取っ掛かりを得た途端に深い傷口に曝されるんだから。


 気が重い。本当に、嫌になるくらい辛い。

 幸い、レティシアさんはまだ眠っている。だから、落ち込んでいる顔を見られずには済む。



 木炭の箱を開けて、家の下に放り込んでいく。


 コンッ!!


 地面に当たった瞬間、『ザァーッ!!』波が引くみたいに、この場に不似合いな音を立てて黒い影が物陰に下がっていく。木炭の欠片が落ちたところだけ、地面が不思議に明るく見えるみたいだった。


 それを見たら、何だか心のモヤモヤもほんの少しだけスゥッと、引き下がる感覚を覚えた。


 だから、次から次に木炭を家の下に放り込んでいく。


 その度に『ザァーッ!!』『ザァーッ!!』と黒い影は、その存在を消していく。

 すべての木炭を家の下に投げ入れた頃には、家の下にはジメジメとした空気がすっかり消えていた。


 有るのは、仄かな墨の香りが漂うなんとも言えない空気だった。それでも、不快感は無い。気持ちを落ち着けてくれるような、そんな匂いだった。






 *******************


 炭を家の下に放り込んでも、期待する効果は有りません。住宅には住宅用の除湿用のが有るようですが、基礎工事の際に入れるとか、半年に一度よく乾燥させるとかメンテナンスがいるみたいです。


練炭は………どうしよう?何となくカートに入れたんだけど、あれは七輪でも買えば使えるのかな??調べて後で登場しますね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る