桜掴良治の動揺Ⅱ
突然のイベント内容の変更と人員不足に、営業部も駆り出され、社を上げての一大プロジェクトになっていた。
「すみません、イベントグッツ販売用の袋と値札が足りません!!どなたか買い出してきてくれませんか!?」
イベント責任者の女が声を荒げ、現場スタッフに声を張り上げた。
普段、こう言ったイベント系の業務じゃない営業の面々は、手がかなりまごついていた。かくいう俺もその一人で、率先して買い出しに志願した。
「はい。俺でよければ行ってきます」
「あ~…。そう?じゃぁ、宜しく」
俺を見た瞬間、イベント責任者の女は白い目で俺を見て、そう言った。
先日の、朝から由依がベタベタしてきたのを会社の連中に見られ、そういう目で見られることが多々増えていた。
「あ~あ、やっぱり……」
買い出しに同行してくれた同僚の白井が、ボソッとこぼす。
「何だよ?」
「先輩、今社内でどんな風に見られているか知っています?」
言いたいことはわかっている。結婚目前の婚約者がいながら、他の女た浮気した挙げ句孕ませて、婚約者を捨てた最低な男……だろ?
「わかってるよ。自業自得だ………」
「分かっているなら結構!俺も浅井さん狙っていたのになぁ~」
それも知ってる。白井の好み、ドストライクが、浅井の外見だってな。
「あ、あれ…?堂城さんじゃ無いですか?」
白井が顎でもって示した先に、酷く疲れたような顔色の悪い真理の姿が。いつものきっちりしたスーツでも、さらっとしたラフな普段着でもなく、何となくくたびれたような服の感じだった。
無理もないか。俺が、酷い事したんだから……。
店内に入る俺達と、会計に向かう真理とが、メイン通路で行き合う。
職場に一番近いホームセンターだから、何かの拍子には出くわすと言うことか。
「真理……買い物か…?」
「まぁ……」
返事は短く、酷く乾いた声に聞こえた。
会いたくない。声も掛けて欲しくなかった。そう、顔には書かれているように見えるぐらい、気持ちが落ち込んでいるのが分かるものだった。
「すまない……。その、元気にしているか?」
「一応は……」
真理を見ても、謝罪の言葉しか今は浮かばない。返ってきた答えも簡素で、感情が籠らないものだった。
今の真理の姿を見ているのが、俺も辛かった。だから、視線が落ちた、真理のカートの中、『練炭』と書かれた箱が三つ。
『練炭』………………!?
えっ?れ、練炭って、真理………お前、何するつもりだ………?
『練炭』で、真っ先に思い浮かんだのが『練炭自殺』だった。
俺が真理を傷付けた。今の真理はどん底その物だってのも、理解している。
真理は天涯孤独だ。両親の相次いだ死から、一周忌を経てようやく立ち直りかけて、俺との結婚を目前に控えた。それを俺がぶち壊した。だから、今がドン底なんだろう。
まさか……自殺なんて考えているんじゃ無いだろうな?
あり得ない……?いや、可能性は十分に有るだろう。
「真理、これ………」
「練炭ね。でも、良治には関係ないから。私がどうしようと私の勝手でしょ?」
「いや、でも………「もう、良治には会いたくないの。さようなら……」」
真理は逃げるようにカートを押してレジに行ってしまった。
「あれって、練炭でしたよね。………先輩、最低ですね。気を付けた方が良いですよ。堂城さん、もしかしたらって事も考えられるぐらい、追い詰められているみたいだから」
言われなくても分かっているよ。だけど、今さら俺に何が出来る?側に行って、慰めたい。俺が愛しているのは、本当に一緒になりたいのは真理一人だけだって………。
ムシが良すぎたろう?そんなことしたって余計に真理を傷つけるだけだから。
「ああ………。何も、しなけりゃ良いんだけど………」
「その辺、ちゃんとしないと駄目ですよ。自殺なんてされたら、会社で益々居場所が無くなります」
分かっている。この間、人事からもそれとなく呼び出されて他地域への移動を打診された。
もしも、真理が何かすれば間違いなく俺は左遷だな。営業も、約束第一、信用第一だ。浮気した挙げ句、結婚を控えた女を捨てて、孕ませた女と一緒になる。社会人として、人として道を踏み外した様なものだから。
「分かっているよ………」
「お疲れ様ー!良治さん♡」
由依はにこにこと満面の笑みで、迎えてくれる。この笑顔にはいつも、癒される気持ちになる。
真理のあの顔は心配だし、練炭なんて買っていたから、自殺なんて馬鹿な真似だけはしないでくれよ。そう願ってしまう。
何があっても、真理が何をしてきても、全部俺が蒔いた種だけど………。俺は、由依とお腹の俺の子との幸せを選んだんだ。だからそれだけは、邪魔だけはしないでくれ。
パタパタかけていく由依の姿に思わず抱き止めたくなった。今日一日の針のむしろも、真理の顔を見たら止めどなく押し寄せる罪悪感にも疲れたんだ。
「えっ?りょ、良治さん……?」
腕の中に抱き止められた由依が、驚いた顔を浮かべ、身動ぐ。その様子が、可愛くて仕方がない。
「家の中でも走るな。お腹の子に何かあったらどうするんだよ?俺を心配させるな。由依、俺にはお前だけだ。由依とお腹の子だけが、俺の宝物なんだから」
「良治さん………」
その後、しばらく由依を抱き締めて、軽くついまばむ様なキスをした。
夕飯の後、今後の話をし始めたところで、由依の感覚にまた驚かされた。
「真理との式場をキャンセルするから、由依との結婚式は、お腹の子が産まれた後になるけど良いか?」
キャンセル料を払って、それらまた結婚資金を貯めないといけない。そうなると、由依のお腹の子が産まれて、早くても半年過ぎた頃になるだろうな。
「ええぇ!?キャンセル料って、そんなに掛かるの!?」
「まぁ、そうだな。三分の一は保証に払うかな」
「そんなに!?それで、由依との結婚式が遅くなるの!?」
由依の頬はぷくっと膨らみ、目はくるくると宙をさ迷った。
そんな様子は、子犬を連想させて俺の萎れた心に光を灯すようだった。
「由依、良いこと思い付いちゃった♡キャンセル料払うぐらいならぁ♪その結婚式、由依がお嫁さんになれば良いのよ♪♪勿論、ドレスとかお色直しは変更するけど、引き出物もちょこっとは変更か追加すれば問題なくない?」
「えっ……?いや、それは……」
「だぁって、由依。お腹が大きくなっての結婚式も、子連れの結婚式も嫌だもの。今ならそんなにお腹も目立ってないでしょ?それなら問題なくない?お金を少し追加するだけで、キャンセルして全額払うよりお得だと思うんだけど……」
「由依は、それで良いのか?」
「それじゃ嫌だけど、それでも後になるよりマシだもん。そうして良治さん!」
女にとって、結婚式は一大イベントだろ?真理は、少ない打ち合わせ時間、随分と悩みながら進めていたな。眉間にシワを寄せたり、時々ふにゃっと笑っていたり……一人百面相しながらやっていた。
粗方他人の決めた式で、由依は良いのか?
それよりも、お腹が大きいとか赤ん坊が一緒と言う方が、嫌だと言う。
そんなものなのか?女の感覚は分からないけど、由依がそれで良いなら俺には反対することは出来ない。
その後、由依の両親に挨拶を済ませ、結婚式をの話になった。当初由依の両親は、真理との結婚式をそのまま由依に置き換えた結婚式には難色を示していた。
「お腹が大きくなって、『できちゃった婚です』みたいな式は嫌なの。出来るならお腹が目立たないうちにやりたいの!!」
そう言う由依に押されて、由依の両親も最後には折れた。
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