stageⅠ~異世界お掃除生活~

異世界生活1―Ⅰ

「な…に、それ………」


 婚約者のランディールが、エリーナと言う少女と出会って、直ぐ様恋に落ちた?

 たったの五日で周りのレティシアを見る目が百八十度転換して、全てが一変する?


 何それ。漫画じゃあるまいし、そんな事が可能なの?


 それに、本来受けるはずじゃない『呪い』を受け、有るべき『運命』を奪われたって………。


「もしかして………本来あるべき運命って、『聖女』?(それと、ランディール王子の婚約者の立場かな?)」


「端的に言えばその通りです。レティシア様が本来ならこの国の『聖女』で、蔓延る瘴気をランディール王子と共に浄化して回る…予定だったんでしょうね」

 真理の予測を肯定する言葉を、ライフは語る。


「それなら、こうなる筈だった人がいたってこと?」

 レティシアのミイラ紛いの姿。こんな状態になって、こんな森の奥に人知れず死を待つだけの悲しい運命を辿る人が、他にいたと言う事なのかな?


「そうではありませんね。少なくとも、これはレティシア様の『聖女』としての力と生命力を奪う為の措置でしょう。この森の奥深くにレティシア様を追いやって、その力を根刮ぎ奪った。だから、起き上がれないくらいの眩暈や吐き気に襲われたと推測します」


『それなら、どうして死なせてくれないのかしら?こんな、生きているとはとても思えない状態で生かされて……』


 鏡の中のレティシアの顔が酷く歪み、今にも消え入りそうになったいた。


 何それ。私より最悪じゃない。私は……命は有るもの。



 レティシアさんは……。



 婚約者を奪われ、『聖女』の立場も奪われ、その命まで危うい状態に追い込まれている。


 私の方が、まだマシな方だわ。心が、辛いのは辛いよ。

 だって…ただの失恋じゃなくて、結婚が無くなったんだもん。だけど、時間は掛かるけどいつかこの状況を乗り越えられるとは思う。


 それに、今何かやるべき事が有るのならそれに没頭した方が、気は紛れるのかな?


 異世界こっちに来ても二時間経てば元の世界に帰れるって言うし、少しぐらいなら協力してもいいかな。


「わかった。協力は……してもいいよ。しても良いけど、私が出来ることなんて限りが有るよ?それでも良いの?」


 真理がそう言うと、鏡の中のレティシアが、パッと弾けたように明るい面差しに変化した。


『本当ですの!?真理様、協力してくださいますのね!?』

「私に出来る範囲でなら」

『ありがとう……本当に、ありがとうございます……』

 鏡の中のレティシアさんは、ポロポロと大粒の涙を流し、微笑んでいた。


 こんな可愛い子に、こんな顔をさせた……この国の王子達、マジで許すまじ!!


「それで、具体的に私は何をしたら良いの?」


 私は、この状況に巻き込んだ張本人、魔族のライフに訊ねた。


「そうですね。具体的に申しますと、先ずは屋内の環境改善と、レティシア様のお食事ならびに身の回りのお世話になりますね」

 チラリと真理が視線を向けた屋内は、レティシアがここに来る三ヶ月前には一度大規模な清掃が行われていたはずだ。それなのに、塵や埃がたまり、かび臭く湿って淀んだ空気になっている。


「掃除……ですか」

 掃除と食事ね。確かにこれだけ汚れていれば磨きがいはありそうだよね……。


「はい。掃除です。塵や埃は瘴気の塊同様、人体に宜しくありませんからね。綺麗にしてあげてください。その後は外になります。理由は……明日になればお分かりになりますよ。そうそう、明日は何か灯りをつけられるれるものをお持ちください」


「わかりました。今日は遅いので、明日から食事と道具を揃えてまた来ますね」



 元の部屋に戻ると、鏡が白く光出した。



 元の世界にもどりますか?


【yes/no】



 ゲームみたいなコマンドが出現したので、迷わず【yes】を選択した。



 シュワアアアァァーーーーーと光に包まれ、それが消えると、私は自分の部屋に戻っていた。


「……本当に戻れた。それにしても……」


 本当に異世界!?異世界に行っていたの私!?


 どうしよう……結婚がダメになったのに、ちょっとだけ嬉しいとか感じてる……。


 ああ、何だかとっても不謹慎だよね。だけど……異世界!!


 夢なんじゃ無いかと、頬っぺたをつねってみる。


「いたたた……。ちゃんと痛いし、やっぱり夢じゃ無いんだ」


 とにかく、夜ももう遅いし寝よう。明日から色々と忙しくなるもんね。現実と異世界。生きるために、やることが……山積みだわ。




 ***







 昨夜は、とにかく驚きの連続だった。

 私がこの世界に呼ばれた訳は分かったし、今は何もやることがなくて、何かしていないと本当に心がドン底で、気を紛ぎれる物が欲しかった。

 だから、この話は有る意味では良かったとも言えるかもしれない。




 ――――AM9:00




 遅めの朝食にハムエッグとサラダ、トーストにはイチゴジャムを塗ってコーヒーとで済ませた。

 レティシアさん、あんなにガリガリで何日も食べ物を食べてないなら、お粥だよね。

 最初は白粥からね。

 コトコト小鍋にご飯と水と少しの塩を入れて煮る。トロリと白濁したとろみとふやけたご飯とになったら火を止めてタッパへ。スプーンと白湯を入れたタンブラーをランチバックに詰めて、片手には水を貼ったバケツに雑巾五枚。頭には三角巾、顔にはマスク、体にはエプロン、ポケットには懐中電灯、手ウキと塵取りごみ袋を持参して。




 ――――AM11:00



「いざ参らん!!」


 異世界へ!!


 鏡の前に出て、頭に思い浮かべる。


(そうだ、異世界へ行こう!!)



 そうすると鏡から光が溢れ、私は眩しさに目を閉ざした。





 光が消える。目を開く埃っぽい部屋の中は、暗かった。


「えっ…………?」

 戸惑うのは無理もないよね。だって、時間の流れは行った時間が朝ならこっちも朝の筈だもの。それなのに、暗い。何故!?


「だから、照明を持ってこいって言っていたのかな?」

 一度、バケツを床に置いてエプロンのポケットから懐中電灯を取り出す。ピコっと付けると照らされた部屋の中の惨憺たるや。何だか天井から白っぽい埃のカーテンが垂れているし、蜘蛛の巣だって天井の角にはあるっぽかった。

「うわ~っ……」


 思わず、悲鳴をあげたくなる。

 ああ……掃除、掃除ね。掃除するところだらけで、泣きたくなるぐらい山積みだわ。お陰で、嫌なことを考えている暇も無さそうな気がしてきた。


 とりあえず、レティシアさんの食事が先ね。ろくなものを口にして無かったみたいだから、栄養補給が最優先よね。



「おはようございまーす。レティシアさん起きている?」


『おはよう、ええ起きていますわ』


 昨夜と同様、鏡の中のレティシアさんが答えた。


「大したものは作ってないけど、消化に良いもの作ってきたよ。少しは、口に出来るかな?」


『難しいかも知れませんが、少しなら……頑張ってみます』


 私は、レティシアさんのミイラ……半開きの口に、スプーンで一匙の半分ほどを口に流し入れた。




 …………………………………コクンッ。





 大分、時間をかけて一口にも満たない分を何とか飲み飲んだレティシアさん。


『申し訳ありません。飲み込むのもこれが今の限界で……』


 レティシアさんの朝食は、この一口で終わりを告げた。




 ***




 食事が終われば、お次は掃除。

 先ずは部屋の状態確認から入りましょう!



「しかし……凄いな」


 埃が。うん凄い。懐中電灯に照らされた先は、沢山の黒っぽい埃が積もっているし、舞っている。それでもって、『時間率は合わせておきましたから、元の世界と変わらない筈ですよ』と言っていた割りには暗い。何で?


 取り合えず、掃除の王道『換気』よね。


 窓は、作り付けで格子に組んだ中にガラス板が嵌め込まれたものだった。

 鍵は閂式で、内側から掛けられる物。閂の鍵を外し、窓を外に押しやる。……ん?動かない??


 もう一度気を取り直して押してみる………動かん!!やっぱり、なんで!!?


 慌てて、外へ出ようと玄関の扉を開ける!!


 ガチャッ!! ガサ、ガサ、ガサ………。


 扉を開けた瞬間、引っ掛かるようなカザガサと鳴る何かが擦れる音が。

 その答えは、扉の下側から現れた。


 黒緑色の艶やかな長い葉を持つ……草だ。


 扉を開ける際の抵抗も、さっき窓を開けようとして開かなかったのも、全部スクスク育って延びてきた草のせい。

 それでもって、蔓植物も延びで絡まっているから余計よね。


「家の中もだけど、外もか……」


 外は……取り合えず、後回しで中を粗方片付けたら考えよう。


 窓が開けられないんだよね。換気は無理か。


 時間は掛かるけど、中と外を同時進行ぐらいで進めないと終わらないかも。


 取り合えず先ずは、レティシアさんの部屋の上から埃を落としますか……。




 先行き難航しそうな、私達の勝負はこうして幕を開けるのでした。






 ×××



 ――日本――


 朝、ビルのエントランスには、各階に入っている会社の従業員達が颯爽と出社している。

 ピシッと着られたスーツに、会社の受付嬢達は、この時期首元に涼しげな色合いのスカーフは欠かさない。


「良治さん。今日から一緒に出社出来るなんてぇ、由依嬉しいですぅ♪」


 ふふふっ。笑う浅川に、流石の桜掴も戸惑いの顔を浮かべる。


「お、おい……。やめてくれよ。真理とは昨日話し合ったばかりなんだ。だから……」

「でも、『解った』て言ってくたんでしょ?ならもういいじゃない。良治さんは、もう由衣の婚約者なんだから!」


 にこにこにこにこ。満面の笑みで桜掴の腕に絡み付く。


「おい……本当に、参ったな……」


 桜掴は、まだ常識人ではあった。だから、真理に婚約破棄を申し出た翌日から由衣とベタベタ触れ合う事へは、抵抗感が強かった。



「ねっ、ちょっとあれって真理の婚約者じゃ無いの……!?」

 矢田は、信じられないモノを見た気分だった。何せ、一昨日寿退社の挨拶をした後輩の相手が、早くも違う女と堂々と腕を組み朝からイチャイチャしているから。

 『浮気者!!』と本当は、もっと大きな声でもって叫びたかった。だけど矢田は当事者ではない。だから口の中で小さく呟いた。


「そうですよ、矢田さん。真理の……堂城の婚約者です。……しかも相手は、うちの受付嬢だ……」


 驚いたのは、矢田だけでは無かった。真理の同期である仁科だった。


 やはり、信じられないモノを見たと。


「真理に、事情を聞かないと……。あの子って他にも付き合ってる人居たよね?総務の藤代とかさ……」

「そうそう。警備のイケメンとも良い感じじゃ無かったっけ?怪しいですよね。何考えてるのか……。それなら、色々道具を揃える必要がありますね。カメラとかボイレコとか……とにかく証拠を残さないと」


 矢田の言葉に、仁科が現実的な回答で返した。

 二人の女は、顔を見合わせて頷き合うと、真理の婚約者の浮気相手を監視することにした。

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