買収
吉川 「買収するということですか?」
藤村 「そんな直接的なことを言わなくても。いいんですか? ご家族の身に何があっても」
吉川 「か、家族には手を出さないでください」
藤村 「ふふふ。こちらの写真を見てください。ほぉら、可愛いお子さんだ」
吉川 「え。いや、これはうちの子ではないですけど?」
藤村 「うちの子です。可愛いでしょ?」
吉川 「あなたの!? 自分で自分の子供可愛いとか言ってきたの?」
藤村 「嫁も可愛いでしょ。ちょっと太っちゃったけど。結婚した時は本当に可愛かった」
吉川 「だからなんなんですか」
藤村 「いいんですか? この家族が美味しいものを食べられなくても?」
吉川 「は? どういうこと?」
藤村 「みなまで言わせなさんな」
吉川 「あの、だって。私は選手ですよ?」
藤村 「そうです。私は審判です」
吉川 「そういうのって、普通は選手の方から持ちかけるようなことじゃないんですか?」
藤村 「それはあなたがいつまでたっても言ってこないから」
吉川 「いや、言わないですよ。正々堂々と戦いたいですから」
藤村 「そんな初心なことを言ってていいんですか?」
吉川 「いいでしょ」
藤村 「私がちょっと気を使えばもう余裕で勝てるわけですよ?」
吉川 「審判がそういう態度でいいわけ?」
藤村 「吉川選手、言っておきますよ。今あらゆる競技でカメラだったりコンピューターの判定が持ち込まれてます。この競技だってこうやって人間がどうにかできるのはいつまでか。最後のチャンスかも知れないんですよ?」
吉川 「不正をチャンスって言うなよ! ダメだろ」
藤村 「あんな八百長の一つもできないコンピューターに任せていいんですか?」
吉川 「いいよ。むしろそれがいいよ!」
藤村 「私は何も自分のためを思っていってるわけじゃないんです。あなたのために汚れ役を引き受けようとしてるんです」
吉川 「汚れなくていいのになんで率先して汚れようとしてるんだよ。お互いに綺麗でいればいいだろ」
藤村 「ははは。ご心配なく。バレなきゃ綺麗でいられますよ」
吉川 「なんだよ、バレなきゃって。その考え方自体怖い」
藤村 「ここでしっかりとしたキャリアを築いておけば、今後引退したあとでも存在感は全然違いますよ。長い目で見れば賢い投資です」
吉川 「よくそんなキラキラした目で誘えるね。ネットにいる情報商材売ってる人と同じ匂いがする」
藤村 「こんな事を言いたくはないんですけど、この話を相手選手に持ちかけることだってできたんですよ。でも私はあなたを選びました」
吉川 「なんで俺なんだ」
藤村 「チョロそうだったんで」
吉川 「失敬だな! それは素直に言っちゃダメなことだろ。そんなチョロく引っかからないよ!」
藤村 「あと相手選手の顔ムカつきませんか? なんか嫌なんだよなぁ、あの顔」
吉川 「私情! パッキパキの私情! 審判が絶対そういうこと思っちゃダメだろ」
藤村 「審判も人間ですから。不正もしますし、犯罪だって犯しますよ」
吉川 「悪人! 人間のロールモデルがなんで極悪人なんだよ」
藤村 「でもたまに優しいところもあるんですよ?」
吉川 「たまに! DV受けてる人の言い方! ろくなやつじゃないことの証明」
藤村 「いいんですか? あなたから不正を持ちかけられたってマスコミにリークしても」
吉川 「捏造だろ! それなら俺はこの真実を全部話すよ!」
藤村 「そんなことしたらお互いに傷つくだけじゃないですか! 私はもう誰も傷つくようなことはさせない!」
吉川 「保身しか考えてないくせにいいセリフを言うなよ!」
藤村 「いくらならいいんですか?」
吉川 「だからいくらでもやらないって!」
藤村 「違います。私がいくら払えば黙っててくれるんですか?」
吉川 「お金じゃないですよ。もうこんなことはしないで真面目に審判をしてくださいよ。こっちの願いはそれだけです」
藤村 「なんて寛大な。ありがとうございます。この御恩は誤審で返します!」
吉川 「八方塞がりじゃねえか!」
暗転
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