言葉

藤村 「吉川ってものよく知ってるじゃん? 字の本も読んでるし」


吉川 「字の本。まぁ、小説は読むけども。どうした?」


藤村 「あのさ、『本腰をいれる』って性的な意味なの?」


吉川 「いや? 改めて本気で取り組むって意味だろ。全然性的ではないよ」


藤村 「でもネットでセックスの時の言葉が語源っていうの見たんだけど」


吉川 「あー。それはないよ。まぁ、面白いネタではあるけども。確か武道とか剣術とかそういうのが語源だったんじゃないかな。詳しくは調べてみないとわからないけど。セックスが語源ってのは耳目を集めたくて妙に過激なこと言えば面白いと思ってる人が広めたデマだよ」


藤村 「よかったぁ! じゃ、変な意味はないのね?」


吉川 「ないけれども、でもそういう変な語源みたいのを真に受ける人も多いし、こだわりがないなら別の言い方にすれば?」


藤村 「いや、メッセージを送っちゃったのよ。でも変な意味って思われたら嫌じゃない? 下手するとセクハラになっちゃうからさ」


吉川 「そうだな。メールの文面だけだと誤解されることもありうるし、そんなことで軋轢を生んでもしょうがないからな。でも本当にセクハラをするやつって、そういう風にセクハラにならないかなって気を使ったりもしないんだよ。それに気をつけてる時点で大丈夫だと思うよ」


藤村 「そうかな。ちなみにこれ文面なんだけど。『良子ちゅんの胸の谷間最高ですぞぉ~!! こりゃフックンも本腰を入れてチュパチュパしたくなちゃったなぁ。なんちゃって!』ってので」


吉川 「セクハラだな、それは!」


藤村 「いや、そういう意味じゃないんだよ。本腰を入れてって別にそういうのじゃないから」


吉川 「そこじゃないな。そこだけじゃないな。なんだこのメッセージ」


藤村 「最近懇意にしてるコンカフェ嬢なんだけど」


吉川 「もう全部ダメだよ。かろうじてダメじゃない部分が本腰を入れての部分だよ! どういう精神状態でこんな気持ち悪い文章送れるんだよ」


藤村 「でもお店に行けば笑顔をくれる」


吉川 「仕事だから! 相手は割り切ってやってるから」


藤村 「あとこれもちょっと聞きたいんだけど、手取り足取りってなんか変なイメージとかないかな? 勘違いされちゃわない?」


吉川 「勘違い? いや、文脈にもよるな。そもそも手取り足取りなにをしたいんだよ。おじさんがさ、若い女の子に何かを手取り足取り教えるってのは、もうそれ自体がちょっとハラスメントの危うさをはらんでる。たとえそういう気持ちがなくても」


藤村 「こっちが教えてもらう方なんだけど、じゃあこれは送らない方がいいか。『良子ちゅんに教えてもらったアプリインストールしてみたんだけど、フックンには難しすぎる。今度イッた時に手取り足取り栗取り教えてもらいたいぞな。ついでにフックンのもインストールしたいよぉ。なんちゃって!』っていうの」


吉川 「最悪すぎない? 何をどう配慮して俺に聞いてきたの? 一個もアドバイスできるようなことがない。全部が汚い。存在が汚物。気持ち悪さのオリンピックでも開催してるの?」


藤村 「手取り足取りじゃない方がいいか」


吉川 「手取り足取りはまだしも、そのあとの栗取りってなんだよ!? そんな言葉はないんだよ! あとインストールって全然普通の言葉なのにお前の使い方が最低過ぎて、気持ち悪さ辞典の掲載候補に上がってる」


藤村 「そこは別に大丈夫なところなんだけど」


吉川 「お前は大丈夫だと思ってても、受け取った人は絶望的な気持ち悪さを浴びることになるんだよ! 絶対こんなの送っちゃダメだよ」


藤村 「でも良子ちゅんは自分の夢のために一生懸命働いてるし、今は週6でお店にでてるんだよ? そんな姿を見てるとこっちも頑張って働こうって気になるし元気もらってるんだよ。それを伝えたいし労ってあげたいじゃん」


吉川 「労うのはいいよ。普通にある言葉で、普通に労うことできるだろ。お前独特の気持ち悪さフィルターを通さずに。そのまんま誠実に伝えればいいんだよ」


藤村 「そうか。そのまんまでいいのか。むしろそういうの初めてで難しいな」


吉川 「変におどけて面白がってもらおうと思うことが気持ち悪さを生んでるんだから」


藤村 「じゃあこんなのでいいかな。『良子ちゅんが頑張って働いてる姿を見ると、フックンも精が出ちゃう!』」


吉川 「やっぱり言葉じゃなくてお前の存在が問題なんだわ」



暗転

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