代々

吉川 「この兜は我が家系に先祖代々伝わる伝説の兜でございます。どうぞ、これで魔王を倒してください!」


勇者 「え、兜なの?」


吉川 「はい。兜でございます」


勇者 「いや、大丈夫です」


吉川 「ご遠慮なさらずに! かつて我が祖先はこの兜を被り龍を倒したとも言われております」


勇者 「本当に大丈夫です。兜あるんで」


吉川 「これはおそらくこの地上において最も優れた兜。国一つと取り替えようと話を持ちかけられたこともございます」


勇者 「良いものだというのはわかる。ただそんな大事なものなら、きちんと取っておいて子孫たちに受け継がせるべきだと思うな」


吉川 「否! この兜は今日この日! あなたに使われるために眠っていたのです! そのために我々は命をかけて守ってまいりました。さぁ、どうぞ」


勇者 「無理です」


吉川 「無理? 一体なぜ?」


勇者 「だって兜でしょ? 気持ち悪くない? 他人が被った兜」


吉川 「他人というか、我が先祖も名の通った勇者であり、聞いたことありません?」


勇者 「聞いたことはあるけども。嫌でしょ、普通に。靴とからならまだいいよ? それも結構嫌だけど、まだギリギリ許せるかなぁって気はする。兜は無理だよ。顔だもん」


吉川 「別に匂いとかはないですよ」


勇者 「匂いないのは最低限じゃん。それでも嫌でしょ」


吉川 「呪い的な?」


勇者 「なんで? わからん? 兜だよ? あんた、どこかの知らないおじさんが被った兜を被れるの?」


吉川 「我が祖先はどこかの知らないおじさんではございません。広く名の通った勇者であります!」


勇者 「知ってるおじさんだって嫌でしょ。知ってるからOKってならないよ」


吉川 「おじさんではなく。いや、おじさんではあるのですが。誉れ高いおじさんですから。あともうすごい昔なんで。何代も前ですから」


勇者 「だってどうせあなただって被ってみたりしたわけでしょ? ないわけないよね、眼の前にあるのに」


吉川 「そりゃ、まぁ」


勇者 「どうせ一回や二回じゃないでしょ?」


吉川 「確かに何度も被ってはおりますが、別に他に何も変なことしてないですから」


勇者 「ほらぁ! 全然昔の話じゃないじゃん。直近の知らないおじさんじゃん。知らないおじさんエキスが染み込んでる兜じゃん」


吉川 「エキスは出してません!」


勇者 「出てるんだって! おじさんは大体出てるんだよ。気持ち悪いやつが」


吉川 「で、出てないと思うけどなぁ」


勇者 「みんな出てるんだよ。おじさん全員出てる。ほら、貸してみ」


吉川 「何もないでしょ」


勇者 「うわっ! 匂いあるじゃん! なに、さっき匂いはないとかいってたけど。全然あるわ」


吉川 「本当ですか? いや、そんなには……」


勇者 「麻痺してるだけだって。よく被ってるから。これはキツイよ。これを被れっていうの魔王の支配よりひどくない?」


吉川 「そんなですか? だって伝説の兜だし」


勇者 「伝説ってつけば何でも正当化できるってわけじゃないでしょ。こっちは今の感情でやってるわけだから」


吉川 「素晴らしいんですよ? 防御力もさることながら身が軽くなったような効果もありますし」


勇者 「それと引き換えに我慢するには気持ち悪すぎるでしょ」


吉川 「気持ち悪いっていう人初めてなんですけど。みんな被りたがったんですよ?」


勇者 「ほら、そうやってもう誰が触ったかわからないくらいいじられてるんでしょ」


吉川 「誰が触ったかはわかってます。見ず知らずの人には触らせませんよ」


勇者 「あんたはわかってても、こっちにとっては全然知らない人がベタベタ触ってるんだもん」


吉川 「ベタベタって! そういう風な言い方やめてもらいたい」


勇者 「絶対無理だから。兜は!」


吉川 「では致し方ありませんな。もう一つ我が家系に伝わるもの。伝説のスポーツブラを差し上げましょう」


勇者 「じゃ、兜で!」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る