不味く

吉川 「こちらのランチのコースはなんと1200円だそうですが」


藤村 「はい。そのお値段で提供させていただいております」


吉川 「もちろん三ツ星のシェフが作られてるのですよね?」


藤村 「はい。私が作っております」


吉川 「実質ディナーのコースと変わりないと言ってもおかしくないクオリティだと思いますが?」


藤村 「ええ。ですので夜のご予約を頂いておりますディナーのコースよりちょっと不味くしております」


吉川 「不味くした? あんまりそういうこと聞かないけども」


藤村 「なかなか大変でした。1200円でこの味を提供させていただくのは」


吉川 「そのあたりはお値段だけに」


藤村 「はい。ちゃんと不味くしてます」


吉川 「不味くしてるわけじゃないでしょ?」


藤村 「いえ、きちんと不味くしてます。美味しくなくするのは簡単なんですよ。多少手を抜けばいいので。でも不味くするのはまた一から味を組み立てなければならないのでなかなか大変なんです」


吉川 「じゃあ美味しくない方向で調整すればよかったじゃないですか」


藤村 「そこはもう、せっかくランチに来ていただいたお客様のために頑張らせていただきました」


吉川 「不味く頑張ったの?」


藤村 「はい。精一杯不味くさせていただきました」


吉川 「なんでわざわざそんな事するんですか?」


藤村 「やっぱり、癪じゃないですか。その値段で同じ美味しさだと」


吉川 「癪だから!? わざと不味くしてるの?」


藤村 「ディナーの予約を入れていただいてるお客様も失礼に当たるじゃないですか。せめて不味い思いしてもらわないと」


吉川 「不味い思いをしてもらうために出してるんですか?」


藤村 「もう最高ですよ。一口目を食べた瞬間の顔ときたら」


吉川 「性格悪いな。そこまでするならランチはやらなくてもいいんじゃないでしょうか」


藤村 「どうしても当店のような格調の高いレストランですとそれなりのお客様としか出会えないんですね。もっと金のない馬鹿舌のやつにも知ってもらいたいなと思いまして」


吉川 「言い方に遠慮がない。すごい見下し感が」


藤村 「そんなことないですよ。このランチのために食材を厳選してかなり手がかかってます。正直、赤字ではありますから」


吉川 「そこまでして? なんで?」


藤村 「やっぱり持って生まれたサービス精神と言うか。お客様を驚かせるのが好きなんですね」


吉川 「そこだけ切り取ると三ツ星シェフっぽいが。そんなサプライズお客さんだって困るでしょ」


藤村 「ただ困ったことにこちらの想定を超えたバカが多くて。せっかく不味くしてるのに『そういうもの』とありがたがって食べてる方も多いんですよ」


吉川 「その気持ちはわからなくもない。三ツ星レストランでわざと不味いやつが出るとは思ってないから」


藤村 「なので少しでも多くのお客様に本当のフレンチの不味さを知ってもらいたいと思って採算は度外視でやっている部分はあります」


吉川 「美味さを知ってもらいなさいよ。なんで不味さ優先で頑張っちゃってるの」


藤村 「美味さの方は結構わかってらっしゃる方が多いので。もちろんその中にも『こいつ雰囲気で美味がってるな』と怪しいお客様もいらっしゃいますが」


吉川 「美味がってる。そんな言葉聞いたことないけど」


藤村 「なのでそういったお客様には特別にこちらからも不味いのを混ぜて様子を見たりしております」


吉川 「ディナーでも? 様子見て不味くされるの最悪だな」


藤村 「事前にアレルギーや食べられないものなど伝えていただければ、きちんと配慮して不味くして提供することも可能ですので」


吉川 「不味さをどうにかしたいだろ、客は。そこの注文はないの?」


藤村 「なんですか? 不味くない方向でということですか?」


吉川 「そうですよ。それは可能なんですよね?」


藤村 「例えば宗教上の理由ですとか、それなりに理由があるのでしたらこちらも考慮したいと思います」


吉川 「ないだろ! 不味くしないで欲しいのに理由はないだろ! みんな不味くしないで欲しいんだよ。特にノーリーズンで」


藤村 「どうしてもとおっしゃられるのでしたら、不味くしない料理を提供した上で、電流ビリビリの椅子に座っていただくとかは可能です」


吉川 「なんで頑なに罰を与えようとしてるんだよ!」



暗転

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