悲しい

藤村 「聞いたよ」


吉川 「あぁ、そうか。……つまり、そういうことなんだけど」


藤村 「まぁ、今何を言ってもな、しょうがないけど。あんまり気を落とすなよ」


吉川 「気を落とすっていうかさ、なんていうか。悲しいは悲しいんだけど。それとはまた違って」


藤村 「わかるよ。ま、お互いに決めたことなんだから俺がどうこう言うようなことじゃないけど」


吉川 「別れるってのはさ、もちろんお互いのことを思っての決断だから後悔はしてないんだけど、ただそうなるまでに他にもっとできたことがあったなって思っちゃって」


藤村 「別に彼女の方もそんな感じだったぞ? 少なくともお前を悪くは言ってなかった。悪いから詳しくは聞かなかったけど」


吉川 「そうか。それはなによりだな」


藤村 「俺もちょっと前にひどい悲しい目にあってさ。いや、詳しくは言わないけどまだ立ち直れてないくらいなんだよね」


吉川 「人間生きてると色々とあるよな」


藤村 「本当だよ。辛いのは誰しも一緒なんて言われたらムカつくけど、お前が選んだ道なんだから乗り越えていかないとな」


吉川 「そうだな。まぁ、時間がなんとかしてくれるかな」


藤村 「俺だって後悔だらけだよ。あの時、おならだと思ったのにな」


吉川 「……ん? 何の話だ?」


藤村 「まぁ、詳しくは言わないけど。人は誰でも悲しみ背負って生きてるってことだよ」


吉川 「いや、何があったの?」


藤村 「聞かないでくれよ。まだ心の傷口が治りきってないんだから。お前だって色々とほじくられたら嫌だろ? 俺も詳しくは聞いてないから」


吉川 「待ってくれよ。なんか同列に並べる感じのやつじゃなくない?」


藤村 「どういうこと?」


吉川 「こっちがどういうことなんだけど。あのさ、俺は彼女と別れてさ。前向きなことは言ってるけど、結構落ち込んでるんだよ」


藤村 「俺だって落ち込んでるよ。ズボンにまで跡ついちゃって」


吉川 「それ! それは違うだろ。同じステージの話じゃないだろ」


藤村 「お前、自分に起きたことだけが悲劇だと思ってるわけ? 他人の身に起こったことは些細などうでもいいことだっていうの?」


吉川 「そういうわけじゃないよ。でもそれと一緒にする? つまりどういうことなのかちゃんと言ってよ」


藤村 「いや、詳しくは言わないよ。自分でもまだ整理つかない部分も多いし」


吉川 「そんな? そんなことではないだろ?」


藤村 「なんでお前がそれを決めつけるんだよ! 俺の心の悲しみを勝手にジャッジするなよ」


吉川 「いや、本当に悲しいことがあったならアレだけど。だから具体的にどういう事があったんだよ」


藤村 「人の悲しみに土足で上がり込んだ上にタップダンス踊るなよ! よくそこまでひどいことができるな」


吉川 「だってそれは、土足で扱う悲しみだろ。素足で踏みたくないよ!」


藤村 「そこまで言うかね。俺があの時どんな気持ちだったか!」


吉川 「しょうもない気持ちだろ! そんな気持ちと一緒にするなよ!」


藤村 「何があったかも知らないくせに、よくそこまで言えるな!」


吉川 「じゃあ何があったか言えよ!」


藤村 「なんで言わなきゃいけないんだよ! お前は人の心がないの? 芸能リポーターなの?」


吉川 「そうじゃないけど、ちゃんと聞かないと俺の悲しみとお前の悲しみが同じレイヤーに乗ってるかどうかわからないだろ?」


藤村 「俺にとってすごく悲しい、それでいいじゃないか。なんでお前はそれをお前の立場から否定する権利があるんだよ。そんなこと言ったら女と別れたくらいなんだよ」


吉川 「確かにそうか。ちょっと心の中で納得いかない残り火みたいのが燻ってるけども」


藤村 「お互いに辛かったんだから。わざわざそれを俎上に乗せてどっちが悲しいかマウント取り合ってもしょうがないだろ」


吉川 「それはそうだな。悪かったよ」


藤村 「ま、いずれお前も新しい恋人ができると思うよ? 俺も新しいパンツ買ったし」


吉川 「やっぱ違うと思う!」



暗転

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