言わなくていい

藤村 「この間、ノーブラで買い物に行ったんだけどさ」


吉川 「ん? なに? なんて? もう一回いい?」


藤村 「買い物に行ったの。ノーブラで」


吉川 「ノーブラ。そりゃノーブラだろ。ノーブラ以外のことがあるの?」


藤村 「どういうこと?」


吉川 「普段はブラつけてるの?」


藤村 「俺、男だよ?」


吉川 「わかってるよ。だから聞いてるんだよ」


藤村 「つけたことないよ」


吉川 「じゃあ言わなくてよくない? なんでノーブラでって言ったの?」


藤村 「でもノーブラだったから」


吉川 「そうだよ。ノーブラだよ。でもノーブラが日常の人はノーブラであることを主張しなくていいんだよ。逆に言われると引っかかっちゃうから」


藤村 「そう? 別に普通のこと言ってるのに」


吉川 「普通のことだからこそノイズになる。言わなくていいよ、それは」


藤村 「でさ、歩いてたらさ。なぁんか足に違和感がなくてさ」


吉川 「ないの!?」


藤村 「特に違和感はなくてさ」


吉川 「ない場合は言わないんだよ。違和感はみんなないんだよ。ある時だけ存在するのが違和感だから」


藤村 「別に嘘言ってるわけじゃないよ?」


吉川 「嘘だと思ってるわけじゃない」


藤村 「本当にただ事実を話してるだけなのに」


吉川 「事実だろうけど別に言わなくていいことは事実でも言わなくていいんだよ」


藤村 「で、急にさ。けたたましいサイレンが聞こえてきたのかな、と思ったけど別にそんなことはなくて」


吉川 「何っ!? サイレンは鳴ったの? 鳴ってないの?」


藤村 「鳴ってはいない」


吉川 「鳴ってないサイレンの話をなぜしたの?」


藤村 「それは、鳴ったサイレンの話をしたら嘘になるから」


吉川 「そうだよな? 鳴ってないのに鳴ったと言ったら嘘だよな。それはわかる。お前の誠実さも評価する。でもそのくだりはいらないだろ」


藤村 「それで周りを見回したらさ、もう辺り一面ビッシリと空気があってさ」


吉川 「あるよー! 空気はあるよ。でもそれを辺り一面ビッシリとあるなって思って生きてるやつ、人生に疲れちゃうだろ。人間はそういう情報省いて生活してるから生きていけるんだよ」


藤村 「で、ふと嫌な予感がしなくてさ」


吉川 「ふと? しないのに、ふと!? しない時はふとにならないだろ!」


藤村 「いや、太ってはない」


吉川 「太った話はしてないよ。急に太るのもおかしいだろ。嫌な予感はしてないんだったら、ふともないんだよ。した時に発生するカットイン演出がふとなんだから」


藤村 「でもさ、なぁんか視線を感じなくてさ」


吉川 「感じなくていいだろ。なに? 芸能人なの? 普通の人が『あれ? なんか視線を感じないな』って思い始めたらカウンセリング受けた方がいいぞ」


藤村 「そう思ってよく見たら全身の毛穴からチラホラ毛が生えててさ」


吉川 「生えてるよ。そりゃ毛穴だもん。全身の毛穴から汗とかさ、鳥肌とかさ、それがイレギュラーじゃない? 毛はレギュラーメンバーだろ? 常にベンチ入りしてるやつらだろ。フォーカス当てなくていいんだよ」


藤村 「もう雰囲気がさ、きな臭くないんだよね」


吉川 「きな臭くないんだよ、ほとんどの雰囲気は。常にきな臭かったらそれはもう放火魔がいるよ。きな臭くない当たり前の日常を幸せと受け止めようよ」


藤村 「で、そこからなんだけど」


吉川 「何も起こってないからな? 今のところまだ何も起こってないから。エピソードとして成立してないから。なにか起これよ? ほんの些細なことでもいいから」


藤村 「なんか忘れ物してるような気がしたんだけど、別になかったんだよ」


吉川 「それはよくあるエピソード! 合格!」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る