謙譲

藤村 「こんにちは~。ちょっとお話よろしいですか?」


吉川 「……はい? なんでしょう?」


藤村 「今ですね、街を行く人の中で気になる人を嘲笑あざわらさせていただいてるんですよ?」


吉川 「ん、なにさせて?」


藤村 「嘲笑あざわらさせていただいてるんです」


吉川 「あざわら? 嘲笑うってこと? 赤の他人のあなたが?」


藤村 「はい。もしお時間があれば嘲笑わせていただくことって可能ですかね?」


吉川 「いや、時間の問題じゃなくてさ。嫌だろ、普通」


藤村 「本当にちょっとさせていただくだけなんで。すぐ終わります」


吉川 「させていただくってへりくだれば何してもいいと思ってない?」


藤村 「へ?」


吉川 「へ、じゃないよ。させていただくって言っても、嘲笑うのはダメだろ。失礼じゃないか」


藤村 「いえいえ、こっちはほんの気持ちだけなんで」


吉川 「何の遠慮だよ。気持ちだけで嘲笑うの最悪だろ。そもそも嘲笑われたくないんだよ、させていただくみたいなアプローチだろうとダメだよ。不快だろうが」


藤村 「ダメなんですか? させていただくっていう感謝の気持ちだけは忘れないように頑張ってるんですが」


吉川 「その気持ちと嘲笑うの、どうやって両立させてるんだよ。真逆だろ」


藤村 「ですから、させていただくとこちらが下がった分、そっちも同じだけ下がってもらおうかと。そうすればイーブンじゃないですか」


吉川 「どういう理屈だよ。全然イーブンじゃないよ。もともと嘲笑われる理由なんてないんだから、嘲笑われた分だけ損だろ」


藤村 「ご自身では本当に嘲笑わる理由がないとお感じですか?」


吉川 「真顔で詰めてくるなよ! ないよ! ないと信じてなきゃ生きてくの辛いだろ。たとえそんな理由があったとしても赤の他人のあなたに嘲笑われたくはないんだよ!」


藤村 「そうですか? むしろ親友や恋人に嘲笑われる方がショックじゃないですか? 赤の他人だからこそある程度冷静に受け止められるというか」


吉川 「ちょっと考えさせられるようなこと言うなよ! だいたい嘲笑って来るようなやつ親友や恋人にならないだろ、どんな人間関係を築いてるんだよ!」


藤村 「ではお伺いさせていただきますが、何ならさせていただけます?」


吉川 「なにが? させていただきが多すぎて謙譲の価値が暴落してるな。なんだってさせてやらないよ!」


藤村 「例えばぶん殴らさせていただくことは可能ですか?」


吉川 「可能なわけないだろ! ぶん殴なら大丈夫ですってやつこの大都会東京でも一人もいないよ!」


藤村 「茨城くらいに行けばいるかも知れないですし」


吉川 「いるかもしれないけど、そういうこと言うなよ! 全員がそうってわけじゃないから」


藤村 「まぁ、ぶん殴らさせていただくのは流石に無理かなと思っております、私も。では乳首に洗濯ばさみをつけて引っ張り合う激突乳首大相撲させていただけますか?」


吉川 「なんで急に見たことも聞いたこともない競技に誘われてるの? それはなに? 一般的に知られてるやつなの? 絶対に嫌だけど」


藤村 「でもぶん殴らさせていただくよりはマシなのでは?」


吉川 「なんで二択になってるの!? どっちも嫌っていう選択肢はあるだろ! 確かにぶん殴よりはマシだけど、それでうっかり引き受けちゃわないだろ」


藤村 「ではそういった初心者の方のためにグッと難易度を落として、むしった陰毛の本数で勝負が喫する決戦チン毛じゃんけんさせていただくことはできますか?」


吉川 「グッと難易度落ちてるのかよ、それで!? 何の難易度が? そもそもなんで決戦をしたいの?」


藤村 「わかりませんか? 男には勝ち負けの結果などではなく背中を向けてはならない戦いがあるんです」


吉川 「すげぇ格好良く言ったけど、少なくともこれは違うだろ。バカなことはおやめなさい」


藤村 「だったら何をさせていただけるんですか?」


吉川 「させないよ、なにもさせない。突然頼まれたからってなにかさせる方がおかしい。そもそもあなたの態度がさ」


藤村 「その話、長くなるようなら帰らさせていただいていいですか?」


吉川 「最初からそうしろ!」



暗転

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