煽り

藤村 「ちょっと! なんなんですか?」


吉川 「はい? なにがですか?」


藤村 「煽ってたでしょ、今?」


吉川 「え、煽り? いや、普通に歩いてただけですけど」


藤村 「だからさ、煽り歩行してたでしょ」


吉川 「煽り歩行!? 歩くことの煽り?」


藤村 「すっごい距離詰めてさ、ずっと後ろついてきて」


吉川 「いや、後ろついてきてって。駅がこっちだから」


藤村 「なんかスピード早めたり遅くしたりして危ないったらないし」


吉川 「そんなつもりはなかったんですが」


藤村 「いいから降りて話そうよ」


吉川 「降りる? え、載ってないです。歩いてる」


藤村 「だからほら、その革靴。あれだろ? 革靴に載ってる人はスニーカーに載ってる人を追い抜いても構わないとか考えてるんだろ」


吉川 「そんな思想の人いる!? そもそも人を靴で区別したことない」


藤村 「スニーカーの足元見やがって!」


吉川 「足元見るってそういう使い方で合ってる? 別にスニーカーだからって見下したりしませんよ。私だって仕事以外の時はスニーカーを履いてるし」


藤村 「お前の靴自慢は聞いてねぇ! なんで煽るんだよ? 歩道っていうのはお前だけのものじゃないだろ、全員のものだろ」


吉川 「そう思ってますよ。全然煽ってる意識なんてない。こっちはなんでそんな勢いで突っかかってくるのかが不思議なくらいで」


藤村 「じゃあこれ見てもそんなこと言えるのかよ。ウォーキングレコーダー」


吉川 「ウォーキングレコーダー? ウォーキングを? ドライブレコーダーみたいに記録してるの? すごい人だな」


藤村 「ほら、見てみろ。4226歩。毎日5000歩が目標だから」


吉川 「万歩計! ウォーキングレコーダーって万歩計のこと? それを見せて何か証拠になる?」


藤村 「昨日はほら、天気悪かったからアレだけど。あと一昨日はなんか気分が乗らなかったからやめたけど。でも今日頑張ってるんだよ」


吉川 「割と休んでるな。自分に甘い」


藤村 「そんな歩くことしかできない人間に対して、あんたは煽り散らかして! 恥ずかしくないのか」


吉川 「だから煽ってないって。言いがかりですよ」


藤村 「言いがかりなんかじゃない、あんたの足取りはたしかに軽かった!」


吉川 「足取りの軽さ? それが理由になるんですか?」


藤村 「普通仕事終わったらトボトボだろうが。世の中の人間誰もが帰宅の時はトボトボだよ。なのにあんたはちょっとルンルンしてた!」


吉川 「あなたの主観じゃないですか。こういう歩き方なんですよ」


藤村 「いい年こいてそんなルンルンしてる人などいない!」


吉川 「ものすごい決めつけ。確かに早く家に帰りたいという気持ちはありましたが」


藤村 「ほら! 想像してみろよ。もう本当にこの科学全盛の時代に歩くなんてバカじゃねーかと思いながら健康のためにしかたなく歩いてる人間にとって、背後から忍び寄るルンルンした足取りの恐怖!」


吉川 「ルンルンに恐怖感じないでしょ、あんまり」


藤村 「もうルンルンの時点で相当煽ってるんだよ。で、チラッと見たら案の定革靴。文明崩壊後の世界でもイキってるのはだいたい革ジャンのやつと決まってるし」


吉川 「それと一緒にする? 革靴をなんかトゲの付いた革ジャン着て好き放題やってる人と同一視してるの?」


藤村 「こっちは布のスニーカーでひっそりと歩いてるだけなのに、生き物を殺して奪った皮で仕立てた靴を乗り回して」


吉川 「革靴に対する偏見がひどい。溢れてるでしょ、革靴なんて。全員に対してそう思ってるの?」


藤村 「あんたに煽る意志がなくても、立場の弱い人間にはそう感じてしまうんだよ。そんなルンルンすうるなよ!」


吉川 「ルンルンしないでって言われても。じゃあトボトボ歩けばいいんですか? こうですか?」


藤村 「うわぁ、嫌味! なにそれ。弱者の特徴をマネして嘲笑ってるとしか思えない」


吉川 「歩き方だけで! もうどうすればいいかわからないよ」


藤村 「もっとヨチヨチ歩け!」


吉川 「赤ちゃん!」



暗転

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