陳謝

吉川 「なんで遅れるんですか? 時間を決めたのは藤村さんですよね? 別にボクは10:30でもいいって言ったのに、10:00っていうからそう決めて。その藤村さんが遅れてくるってどういうことですか?


藤村 「うん。受け止めてる」


吉川 「受け止めてるってなんですか? なんでいつもそうなんですか?」


藤村 「わかってる。ちゃんと受け止めてるから」


吉川 「受け止めてるじゃなくてさ。謝ってくださいよ、ちゃんと!」


藤村 「わかりました。皆さ~ん! 今私がこちらにいる吉川さんに謝罪を求められた件ですが、私はこのことを重く受け止めて誠心誠意謝罪したいと思います!」


吉川 「いやいや、ちょっと待って待って。なになに!? 誰に? なんで皆さんに問いかけてるの? なんかざわついちゃってるじゃん」


藤村 「もちろん、私の方にもやむにやまれぬ事情はあったのですが、そのことと吉川さんを不快な気持ちにさせたこととは別の話です」


吉川 「デカい! 声が! 世に訴えないでよ。そんなスケールの謝罪は望んでないよ」


藤村 「確かにこの件で私自身も立ち直れないほど苦しい思いをしました。しかし起きてしまった事実だけに目を向けて、心より謝罪をしたいと思います」


吉川 「俺に! 直接言ってよ。俺にだけ聞こえるサイズで。誰に謝罪をしてるの!?」


藤村 「またこの件で吉川さんに対する誹謗中傷などは絶対に止めてもらいたいです。彼の立場ならそう振る舞うのは当然ですし、たとえ行き過ぎた発言があったにせよ、彼もまた被害にあった一人なのですから」


吉川 「おいー! ど、ど、どういうこと!? 遅刻してきたのはあなた! 俺は時間通りに来ただけ。待たされただけ! なんで? なんか俺がしたか?」


藤村 「もちろんどう思うかは皆さんの判断に委ねます。しかしできることならば、もう二度とこのようなことが起きないように、いたずらに悲しい思いをする人がでないような世の中にしていきたいと思ってます」


吉川 「どう思うも何も。遅刻してきたの謝ってって言ってるだけのこと。二度と起こるよ? どこかでは。遅刻はこの世から根絶はできないよ? しない努力は必要だとは思うけども」


藤村 「そうです。吉川さんも本心ではわかってるはずです。しかし引くに引けなくなってしまった彼の気持ちも考えてあげてください。私はそんな彼を責めようとは思いません。人というのは弱い生き物です。時に過ちを犯すこともあります。ですがその小さなほころびに目くじらを立てていたら世の中は生きづらくなるばっかりです」


吉川 「俺が。俺が何をした! 完全に罪が俺の方にシフトしてる。どの段階でそうなったの? 魔法?」


藤村 「皆さん、くれぐれも! 吉川さんを責めるようなことのないように。もし彼を糾弾する声が上がるようでしたら、私は全身全霊で彼を守っていきたいと思っています」


吉川 「お前が扇動してない? この世の誰も俺を責めようなんて思ってなかったのに。なんか盛大に種を蒔いてない?」


藤村 「やめてください! 彼は彼で必死なんです。世の中には正しいか正しくないかだけで判断できないことだってあります。たとえどんな過ちであっても、それを誹謗するようなやり方はそれ自体がよくないことです! 彼を責める前にまず自分自身の行いが恥ずかしくないか、省みてください」


吉川 「芽吹いてる。俺への罪がちゃんと芽吹きつつある。悪魔の宣伝大臣みたいなやつ」


藤村 「ダメだ。もう収集がつかなくなってる。お前からも一言頼む」


吉川 「え……。この度は誠に申し訳ありませんでした」



暗転

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