改名

藤村 「吉川さん。調べたのですが、あなたの名前は非常に良くない」


吉川 「よくないですか?」


藤村 「あんまりご本人に対して言うのは憚れるのですが、画数が大変よろしくないですね」


吉川 「そんなに?」


藤村 「できれば改名をするという選択肢も考えた方がいいと思います」


吉川 「改名? そんなの簡単にはできないですよね?」


藤村 「いえ、それほど手続き自体は難しくありません。ただ今のお名前ですと、良くないことが起きますね」


吉川 「えー、そんな」


藤村 「たとえば、ほら!」


吉川 「痛っ!? え、なに?」


藤村 「ビンタです」


吉川 「な、なんでビンタしたの?」


藤村 「ね? 言ったとおりでしょ? 良くないことしか起きない」


吉川 「いや、ビンタはお前がしたんだろ。しなきゃよかったじゃねえかよ!」


藤村 「なに言ってるんですか? こんな名前ならビンタされてもしかたないでしょ」


吉川 「どういう理屈!? ビンタされてもしかたない名前なんてある? それはお前、いじめられてもしかたがないと同じ論法じゃないか? どんな理屈を言ってもいじめる方が悪いんだよ」


藤村 「あのね、吉川さん。落ち着いて聞いて下さい。たまたま私だったからよかったんですよ? もし手が回転ノコギリに改造された人にビンタされたら、顔が吹っ飛んでましたよ?」


吉川 「手が回転ノコギリに改造された人なんているかよ! そんな雑な怪人みたいの。なんでそうなっちゃうんだよ」


藤村 「この名前のままですと、所得は全然上がらないのに物価だけが高くなってしまいますよ?」


吉川 「それはもう国の問題だろ。俺個人のじゃなくて」


藤村 「みんな困ってますよ?」


吉川 「俺のせいなの? 俺の名前のせい? そんな影響ある? 同じ名前の人なんて探せばいるだろ」


藤村 「名前だけじゃないんです。あなたの生まれた時、それと字画、そしてすてきなものをいっぱい混ぜて考えると、そういった結果になるんです」


吉川 「最後パワーパフガールズだろ。なんだよ、すてきなものって」


藤村 「この名前のままですと、もう本当にまずいことになります。二発目のビンタだってすぐに飛んできますよ?」


吉川 「だからそれはお前が我慢しろよ。ビンタはお前のさじ加減でどうにでもなるだろ」


藤村 「このままでは地球に巨大隕石が落ちてきますよ?」


吉川 「それは俺の名前のせいか? 宇宙の法則を俺の名前が司ってるのか?」


藤村 「当たるか当たらないかはもう吉川さんの名前次第」


吉川 「じゃあ例えばどういう名前がいいんだよ?」


藤村 「やはりあんまり今と全然違う名前になってしまうと、付き合いのある人たちが困りますから。多少字画を変えるくらいの変化で、サミュエル・Y・ジャクソンってのはどうでしょう?」


吉川 「国籍が変わってる! サミュエル・L・ジャクソンじゃねえかよ!?」


藤村 「Yの部分は吉川をそのまま流用する形で」


吉川 「Yにしか残ってないならもういらないよ! Yが吉川なんで今まで通りで結構ですってならないだろ。サミュエルに対して」


藤村 「でもこれだと字画はバッチリなんですよ? 地球に隕石が当たらないくらい」


吉川 「だいたい当たらないだろ! 地球に隕石が当たらないことを幸運だと思って生きてるやついないよ!」


藤村 「でしたら響き重視で、特に抵抗がなければこちらの『โชคดี แม่น้ำ』というのはどうです?」


吉川 「なんて!? 何をなんて!? もうなにもわからない。国すらもわからない。読み方も、すべて。あらゆることがわからない」


藤村 「人間自分のことって案外わからないものですからね」


吉川 「そういう意味じゃねえよ! 自分の名前がわからないやついるか? ちょっと読めないんですけどって挨拶してくるやつ怖いだろ」


藤村 「それが嫌ならキラキラネームと言うか。そういった感じになっちゃうんですけど」


吉川 「この年になってキラキラネームは厳しいな。一応聞いておく。どんなの?」


藤村 「片手回転ノコギリ男」


吉川 「全部お前が悪かったんだ!」



暗転

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