体罰

藤村 「昔は今からしたら体罰みたいなもんあったよ。でも今にして思えばそれがあるからこそ今の俺があるんだと思う」


吉川 「いや、その意見はよくない。そういうのって生存者バイアスと言ってさ、それでも生き残った人たちが言ってるだけに過ぎないんだよ。ちゃんと目を向ければそれによってやめてしまった人たちの方が多かったりする。そういう意見は拾い上げられることがないの」


藤村 「そうだよ? でもそんな死亡者バイアスで俺の現在を否定するのか?」


吉川 「そんなバイアスはないんだよ。死亡者は何も言わないんだから」


藤村 「だったらいいじゃん。人間てそういうものだろ? 米だって『食わないでくれー』て言わないから食ってるわけだろ? 切って干して削って沈めて煮て。そこまでするかというほど残酷に」


吉川 「そういうことじゃなくない? 別に米が声を上げないからやってるわけじゃないよ」


藤村 「動物だって魚だって食べて欲しいと思ってるやつなんていないよ? でも何も言わないからどれだけ残酷なことしても平気なんだろ。それが人間の強さだろ」


吉川 「そこを人間の強さだと思ってるのかよ。悪逆非道すぎる!」


藤村 「本当に嫌だったら言えばいいだろ」


吉川 「言えないんだよ。その世間の圧力とかさ、声を上げられない多くの人は力なき弱者なんだから」


藤村 「米とか?」


吉川 「米の話はお前しかしてない」


藤村 「圧力をかけられてふっくらと炊かれる話をしただろ!」


吉川 「調理の圧力じゃないよ。圧力かけて高温で煮てる話じゃないから。そういう事を言ってはいけない空気感とか、言ったら周りの態度が変わるかも知れない恐怖とかそういうこと」


藤村 「自分から何も訴えないで、周りが気を使ってどうにかしてくれると考えるなら甘っちょろい話だな」


吉川 「別に怠けてるわけじゃなくてさ。そういう行いをしたせいで虐待されたとかの過去のトラウマも原因だったりするわけじゃん」


藤村 「それは言い出したらきりがなくない? 我々は全人類のトラウマに配慮して生きてかなきゃいけないのか?」


吉川 「理想を言えばそうだよ」


藤村 「その配慮にかかるコストを度外視してない? 結局その配慮にリソースを割かれて傷つかなくていい人が傷つくという場面も起こり得るだろ。それは本末転倒じゃん」


吉川 「そこはなんとか上手いことやって……」


藤村 「世の中のあらゆる問題は上手いことできれば解決するんだよ。できないから問題なんだろ。すべての人を救えるわけじゃない。運命を受け入れなきゃいけないことだってあるんだ」


吉川 「そうなのか」


藤村 「そうだよ。でもな、人間の一番の能力は適応力だ。どんな境遇になってもそこに幸せを見つけることはできる。たとえそれがひどい過去であろうとも。あの忌々しい体罰ですら」


吉川 「そこまで考えてたのか」


藤村 「だから今から俺がお前の腕の骨を折ろうとも、それだっていつかは良い思い出になるんだよ」


吉川 「なんでっ!? そんな苦境は望まなくていいことじゃない?」


藤村 「わかってないな。今まで何を聞いてたんだ? たとえそうなったとしても、受け入れることで自分の成長につながるんだよ」


吉川 「骨折を!? 理不尽な骨折を? それは成長を阻害しかしないでしょ」


藤村 「お前のことを思ってやってるんだよ!」


吉川 「その言葉に丸め込まれて体罰を肯定しちゃったんだろ。ダメだよ、強い心で振り払えよ!」


藤村 「俺だって体罰を受け入れたから今の自分があるんだ」


吉川 「思想が歪んでるじゃん! やっぱり体罰ろくな結果になってないよ!」



暗転

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