人違い

藤村 「おい、笹咲! ったく、なにやってんだよ?」


吉川 「ふぇ……」


藤村 「あ、すみません。人違いでした」


吉川 「ですよね。うわぁ、ビックリした」


藤村 「えー、誰かと思いました?」


吉川 「誰かって。誰かとも思いませんでした」


藤村 「俺だってわかってました?」


吉川 「いや、わかってないです。あなたが誰だかもわかってない」


藤村 「どこから?」


吉川 「どこからっていうか、どこからも。ずっとわかってない。誰なんですか?」


藤村 「人違いで声かけちゃった人です」


吉川 「それはわかってますよ。されたから。今さっきされたばっかりのショッキングなイベントだったから」


藤村 「じゃあもう今は誰だかわかってます?」


吉川 「だからわからないって。わからない人だってことがわかってるんですよ」


藤村 「無知の知ってやつですね」


吉川 「全然違うと思う。そういうのじゃない」


藤村 「えー、でもだいたいみんなわかってくれますよ? あぁ人違いの人かって」


吉川 「なに人違いの人って。人違いをしょっちゅうしてるの?」


藤村 「もうこの辺では結構知れてますよ」


吉川 「なんで人違いで知れちゃってるの。違わないように注意すればいいのに」


藤村 「どうしてもギリギリを攻めたくなる性分だから。そうかな? 違うかな? くらいの段階で一か八かで声かけちゃう」


吉川 「やられた方は迷惑でしょ」


藤村 「違いますって。合ってる時もあるからその時は迷惑じゃないですよ」


吉川 「だから間違ってたら迷惑でしょ。知らない人に人違いで声かけられたら。ビックリしちゃうから」


藤村 「最初だけ。五六回やれば『またか』ってなるんで」


吉川 「またかってなるほど人違いをするの? それなにかの病気じゃない?」


藤村 「全然違いますよ? だって五六回もやってれば、こちらとしても『あ、この間の人違いで違った人だな』って思って声を掛けるから、もうそれは人違いじゃないんです」


吉川 「何の目的!? あなたは勝手に人違いじゃないかも知れないけど。その理屈はまかり通るの?」


藤村 「でもこういう考え方はできませんか? 人というのは常に変化する生き物だと。以前会った人が必ずしも同じであるとは限らない。男子、三日会わざれば刮目して見よという言葉もあります。つまり出会いというのは毎回人違いなんです」


吉川 「難しいことを! こっちのキャパを超えるくらい難しいことを急に言ってくる。人違いした人なのに!」


藤村 「自分のアイデンティティだって盤石なものとは限りません。あなたは自分がどんな時でも自分自身であると胸を張って言えますか? 我を忘れてしまうことも、魔が差してしまうこともありませんか!?」


吉川 「なんか丸め込まれそう! 人違いをしてきただけの人に! 怖い!」


藤村 「別にすぐに理解してもらおうとは思いません。次に人違いで会うまでにちょっとでも頭の片隅においておいてもらえれば」


吉川 「置きたくない。もうあなたのこと考えたくもない。次の人違いを避ける努力をしてくれよ。なんで人違い前提でコミュニケーションをとるの? 怖すぎるよ」


藤村 「シー・ユー・ネクスト・人違い」


吉川 「そんな言葉あるの?」



藤村 「おい、笹咲! なにやってんだよ?」


笹咲 「おう、藤村」


藤村 「チッ! 本当に笹咲かよ」


笹咲 「ふぇ……」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る