藤村 「俺の中に荒ぶる獣が訴えてくるんだ」


吉川 「荒ぶる獣?」


藤村 「ネイティブ・アメリカンの教えにあるんだ。人は誰でも心の中に獣がいる。優しさ、慈愛を与えれば善良な獣に育ち、妬み、憎しみなどを与えれば邪悪な獣に育つと」


吉川 「そんな獣が」


藤村 「育ってるんだ、俺の中で!」


吉川 「それはあれだろ? 善良な獣なんだろ?」


藤村 「だったら良かったんだが」


吉川 「邪悪な方なの?」


藤村 「邪悪も邪悪、ド邪悪な獣だよ」


吉川 「ド邪悪!? あんまり聞いたことない言葉!」


藤村 「俺の心の弱さが、獣を邪悪にしてしまった」


吉川 「でもこれから心掛け次第で善良な方に持っていけない?」


藤村 「ここまでド邪悪に育ってしまうと、力を持って俺を揺さぶってくるんだ」


吉川 「邪悪な獣が」


藤村 「そう、恐ろしい邪悪なハムスターが!」


吉川 「ん、待って? ハムスター? 獣ってハムちゃんなの?」


藤村 「そうさ、恐るべき獣だ」


吉川 「可愛いだろ。そんなの心の中に飼ってたらほっこりしちゃうだろ」


藤村 「そんなんじゃない! もう恐ろしく巨大に育ってしまってるんだ。おそらく15cm以上ある」


吉川 「ハムスターにしてはデカいけども! まだ可愛いだろ。全然愛せる可愛さ」


藤村 「もう暴れ出したら手が付けられないんだ。そこら中齧るし」


吉川 「あら、可愛い! ダメだって言っても聞かないからね」


藤村 「やつには人間の力も叶わない!」


吉川 「ハムちゃんに? いけるんじゃないの、それは? 人間の力で」


藤村 「ご飯食べたばっかりなのに、すぐお腹すいた振りするんだから!」


吉川 「メロメロになっちゃうから叶わないの? そのせいで大きく育っちゃったの?」


藤村 「運動させなきゃと思って回し車を買っても全然使ってくれないし」


吉川 「心の中の話でしょ? 心の回し車を買って、使われずにほったらかされてるの? それはそれで悲しいけど」


藤村 「意外とトイレットペーパーの芯には食いつく」


吉川 「心のトイレットペーパーの芯に。聞いたことないフレーズだけどな、心のトイレットペーパーの芯は」


藤村 「こうしてる間にも、さらに邪悪な餌を求めてくるんだ」


吉川 「善良な餌をやれば? 優しさとかの方」


藤村 「なんかそっちの方はいまいち食いつきが悪くて」


吉川 「食いつきが。心のハムスターの食いつきのせいで邪悪なことばっかりしてるの?」


藤村 「お水もしっかり飲んでいっぱいチッチしてもらわないと」


吉川 「もう首ったけだな。心のハムスターに。そんな可愛いのなら俺も飼いたいよ」


藤村 「ネイティブ・アメリカンの教えによれば人は誰でもいるらしいぞ」


吉川 「いるか? 俺の心の中にハムスターが」


藤村 「ハムスターとは限らないが。俺の場合はハムスターだった。人によってはライオンのこともあるし熊のこともある」


吉川 「しっかりめの荒ぶる獣じゃん。それどうやってわかるの?」


藤村 「訴えかけてくる声に耳を傾けるんだ。お前の中にもいるはずだ。ナメクジとかムカデみたいなものが」


吉川 「なんか気持ち悪ぃのばっかり! 獣ですらない。哺乳類に決まってるわけじゃないの?」


藤村 「蛇や鳥のこともあるから。あくまでネイティブ・アメリカンの教えだから」


吉川 「どう声をかけてくるの? 鳴き声?」


藤村 「いや、囁いてくるはずだ。そしてぼんやりと姿が見えてくる」


吉川 「わかんないな」


藤村 「見えてこないか、ほら。なにか棒状のものが」


吉川 「え? 蛇ってこと? 蛇は嫌だな」


藤村 「いや、トイレットペーパーの芯が」


吉川 「それお前が入れたやつだろ!」



暗転

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