祈り

藤村 「この間お腹が凄く痛くなってさ」


吉川 「お腹弱いね」


藤村 「お腹が痛くなりがちな季節なんだよ」


吉川 「そんなシーズンあるの? 季節でなったことないからわからないや」


藤村 「で、聞けって。あまりにもお腹が痛かったから祈ってたのよ」


吉川 「まぁ祈るのはタダだからな」


藤村 「そうしたらお腹が痛くなくなったんだよ」


吉川 「良かったじゃん」


藤村 「ただそうなってくるとさ、ひょっとして願い通じちゃったのかなって気になって」


吉川 「お腹痛いのなんてほぼ自然治癒だろ。何か病因があるとかなら別だろうけど冷えただけとかなら」


藤村 「でも願いが通じたんだとしたらさ、損した気になっちゃって」


吉川 「なんでだよ。よかったじゃん」


藤村 「いや、もっと有意義な願いもあったのにさ。お腹痛いのでワンチャンス使ってしまったのかと思うと」


吉川 「そういうシステムじゃなくない?」


藤村 「え、無限? 願いって無限なんだっけ?」


吉川 「いや、無限かどうかはわからない。そもそものシステムがわからないから」


藤村 「一般的に考えられてるのは、普段から徳を貯めてその徳の支払いにより願いを叶えてもらうやつじゃない?」


吉川 「それ本当に一般的? 聞いたことないけど」


藤村 「じゃあ他にどんなのがあるの? ただの運? 世界中から今も数え切れないくらいの願いが届いてるわけじゃん。その中から無作為に選んだやつが叶えられてるの? それだとギャンブル性が高すぎてやる気にならないし、妬みや嫉みで争いが生まれるだけだぞ」


吉川 「そういうものだとも思ってない。誰が何の権限で願いを叶えてるの?」


藤村 「それはわからないよ。天とか神とか上位存在みたいな、俺達には認識も理解もできないような何かだろ」


吉川 「そもそもそれは有るシステムなの?」


藤村 「だったら俺達は何のために祈ってるんだよ?」


吉川 「祈りってそういう現世利益みたいなものだけじゃないじゃない。もっと自分の心を見つめ直すきっかけになったり」


藤村 「このご時世、みんなカツカツでやってるんだよ! 何の得にもならないのに徳を貯めるようなバカはいない。ペイバックがあるからこそ渋々親切にするんだろ」


吉川 「考え方がやさぐれ過ぎじゃない? いるよ、もっと。人の喜ぶ姿が見たいとか」


藤村 「そりゃいるだろうよ。特殊性癖のやつは。人の喜ぶ姿が見たいとか、宙吊りになる姿が見たいとか、ゲロ吐く姿が見たいとか。もっと意味不明なものもいっぱいいる。そういうのでニタニタと笑いながら己の欲望を充足させるやつはいるけど一緒にしないでくれ」


吉川 「そういうのじゃないだろ! 人の喜ぶ姿が見たいって、変態みたいに言うなよ」


藤村 「たまたま世間の許容と個人の欲望が合ってるから認められてるだけだろ」


吉川 「人の親切心をそこまでボロクソに言えるのすごいな。悪魔の子か」


藤村 「一体お腹痛いのを治すのにどれだけのポイントを使ってしまったのか。やっぱりナシってことにできないかな」


吉川 「そもそも願いが叶ったかどうかわからないのに」


藤村 「一旦なしってことで、もう一度お腹痛くしてもらって。そのお腹の痛みは願いとかなしで自力で克服するので徳の方だけ返してもらえないか」


吉川 「お役所でもなかなかそういう手続きは時間かかるものだよ? やっぱなしが一番面倒なんだから。最悪願いだけキャンセルで徳の方は返ってきませんってこともありうる」


藤村 「そんなの最悪すぎる! だったら使った分の徳を返してもらうまで、俺はこの世のあらゆる徳をなくす行動をし続ける!」


吉川 「新しい思想のヴィランの誕生を見たな……」



暗転

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