昔話

藤村 「昔話ってさ、嘘じゃん?」


吉川 「え、嘘? どういうこと?」


藤村 「嘘でしょ、あんなの。あるわけないじゃん。桃から人が生まれるわけないじゃん」


吉川 「そうだな。まぁ、嘘と言えば嘘だけど、嘘をつこうとして言ってるわけじゃないから。そういう物語というか。伝承と言うか」


藤村 「なんか嘘だなって思った時点で冷めちゃって全然頭に入ってこないんだよね」


吉川 「もういいんじゃない? その年になって昔話を頭にいれる必要もないだろ。子供はそんなふうに思わないわけだから」


藤村 「子供には嘘を教えてもいいってこと?」


吉川 「嘘を教えてもっていうかさ。フィクションだろ。フィクションはこの世の中に溢れてるんだよ。それをエンタメとして楽しむ心というのも育まなきゃいけないわけだよ」


藤村 「嘘だらけのこの世を生きるために、嘘を受け入れる狡猾さを身に着けろ、と」


吉川 「そんな悪いように言う? まず楽しむものだからさ」


藤村 「俺はできる限り子供にも正直さで向き合いたい。たとえ大人が穢れた世界で生きてるとしても、子どもたちを穢してもいい理由にはならないのだから」


吉川 「子供を穢そうとして昔話をする人はいないよ。そんなショッカーみたいな地道な悪を貫いてる組織はこの厳しい時代を生き抜けてないから」


藤村 「本当の昔話をしてあげたい」


吉川 「本当の昔話? それはなに、体験談ってこと? 体験談っていうのも自分の視点からしか見えてなかったりするから正しいと言えるわけじゃないと思うよ? 記憶ってのは結構簡単に改変されてしまうものだし」


藤村 「だから本当の昔話だよ」


吉川 「歴史っていうこと? 歴史もさ、新しい学説や発見で書き換わったりするんだよ。意外と我々が知っていることなんて危うい幻みたいなものなんだから」


藤村 「そういうのじゃないよ!」


吉川 「歴史でも体験談でもない。でも正しい昔話。それはタイムマシーンでも発明されない限り無理じゃないかな」


藤村 「無理じゃないよ。じゃあ聞いてくれよ」


吉川 「じゃあっていきなりできるの? 用意してるの?」


藤村 「昔々、ないところに」


吉川 「ないところに!? あるところじゃなくてないところ? ないって何?」


藤村 「少なくともこの世のどこかではない」


吉川 「形而上の世界なの? 絵面が何も思い浮かばないのは昔話として重要な瑕疵じゃないの?」


藤村 「おじいさんとおばあさんがいませんでした」


吉川 「いないのか。いや、いるだろ。おじいさんとおばあさんくらい。どこの世界にだっておじいさんとおばあさんはいるよ。この世のどこでもないから違うの?」


藤村 「おじいさんは、いませんでした」


吉川 「溜めて、いませんでした。なんで一回溜めたの? やっぱりいるのかなって思わせたかった?」


藤村 「おばあさんは、やっぱりいませんでした」


吉川 「いないと思った。最初にいないって言ってたから。想定内。いや、いろよ! いない話をするなよ。いないを言うのならおじいさんやおばあさんじゃなくてもいいんだよ! おじいさんがいないとお兄さんがいないも同じなんだから。0に解釈を持たせるなよ!」


藤村 「すると川上も、ありませんでした」


吉川 「ないだろうな。川もないね、こうなってきたら」


藤村 「大きな桃なんてあるわけがありませんでした」


吉川 「強めに否定したな。あってもいいんじゃない? ないところなんだから。確かに大きな桃はこの世界にはないかも知れないけど、ないところにはワンチャンあるかも知れないじゃん?」


藤村 「そこで桃を割ろうとしたところ」


吉川 「何で割ったの? 誰が何で割ろうとしたの? 絵が何も浮かび上がってこない!」


藤村 「それはゼロ除算ですよ、とネットで炎上しました」


吉川 「X÷0のやつ! それは炎上しそう。本当の話だ!」



暗転

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