英勝院

藤村 「徳川家康の側室でお梶の方ってのがいるんだけど」


吉川 「うん」


藤村 「その逸話でね、家康が家臣たちと『この世で一番美味いものってなんだろうな?』って盛り上がってたわけよ」


吉川 「家康の時代ね。17世紀くらいの日本か。今とは食生活も違うだろうな」


藤村 「それはわかんないんだけど、それで家康がお梶の方に尋ねたらさ『塩でございます』って答えるのよ」


吉川 「あー、なるほど」


藤村 「で、逆に一番まずいものはなにかって聞いたら『それもやっぱり塩でございます』みたいな答えをするの」


吉川 「塩梅っていうしね。当時も今も塩加減が一番大切だと」


藤村 「それでさすが一本取られた、みたいな感じになるんだけどさ。それ、違わない?」


吉川 「え、そう? だから塩がなければ料理にならないっていう本質をついた話ってことでしょ」


藤村 「違うだろ、そんなことを聞いてるわけじゃなくない?」


吉川 「んー。どうだろ、面白い逸話だなとは思ったけど」


藤村 「だって家康が家臣たちとワイワイ話してるんだよ? わっはっは、なに? お前は焼き魚が一番だと? お前はひつまぶしだと? なんとお前はズッパ・ディ・ペッシェか? みたいなさ」


吉川 「なんだよ、ズッパ・ディ・ペッシェって。知らないよ」


藤村 「イタリアの。魚煮たやつ」


吉川 「来てないだろ、日本に。ひつまぶしはまぁあるかも知れないけど、ズッパ・ディ・ペッシェはないよ。その時代のイタリアにあるかも危ういよ」


藤村 「だからそれはたとえとしてね。でもそういう話ってそいつの趣味みたいなのが見える瞬間が面白いわけじゃん。それを『塩でございます』って」


吉川 「まぁまぁまぁまぁ。あるよな、そういうことは」


藤村 「家康と家臣なんてもう結構いいおじさんだよ? それが楽しんで『なんだよその食べ物~』みたいなさ『え、知らない。どこの食べ物なの?』みたいに盛り上がってるところに『塩でございます』」


吉川 「そんな冷水ぶっかけようとして言ったわけじゃないでしょ」


藤村 「だって考えてみろよ。一番格好いいロボットってなんだと男たちが盛り上がってるところにだよ? 『ネジでございます』っていうくらい意味わからなくない? そういうことじゃないだろ」


吉川 「ロボットで言ったら、そうか」


藤村 「もうさ、アッパレとかじゃなくてさ。なんだこの女、空気読めよって思わない?」


吉川 「なんか嫌だったんじゃないの? 梶さんは。そういう男同士のホモソーシャルが」


藤村 「家康だって気遣いの人だからさ。みんなで盛り上がってて、お梶の方がポツーンて話に入れてないのを見て振ったんだと思うよ? 『ちなみにお梶は何?』みたいなさ。そんなのなんて答えても盛り上がるパスじゃん。それを『塩でございます』」


吉川 「その場を想像すると嫌だな」


藤村 「もう家臣の凍った表情思い浮かべてみてよ。そりゃ家康だって『お、おう。まさにそうだな』くらいしか言えないじゃん」


吉川 「家康が気を使って褒めたって逸話なの?」


藤村 「もうズッパ・ディ・ペッシェって言った家臣なんて切腹してもおかしくないよ?」


吉川 「いないだろ、その家臣は。言ってないよズッパ・ディ・ペッシェとは。誰も」


藤村 「まじでそういう女いるよな」


吉川 「いやぁ、女に限らずじゃない? そういうの言う男だっているよ。今の時代男とか女とか決めつけない方がいい」


藤村 「でもこれが本多忠勝だったら違わない? 『殿、某は塩だと思います』って言ってきたら『忠勝はまたそんなこと言って~!』みたいなひと盛り上がりあるだろ、絶対」


吉川 「キャラの話なのかな」


藤村 「もうお梶の言い方よ! 『塩でございます』って。もう誰もツッコめないからね」


吉川 「聞いたわけじゃないだろ。それもお前の想像だろ?」


藤村 「なんかそれが徳を称える逸話みたいにして伝わってるのが嫌なんだよ。ただ空気読めなかっただけのくせに」


吉川 「そこまでの怒りには共感できないけど、話としてはわかった。なんかさっきのイタリアの料理なんだっけ? どこかで食べられるのかな?」


藤村 「……知らね」


吉川 「なに急に。その盛り下がり方」


藤村 「塩でございます」


吉川 「塩対応!?」



暗転

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