信じない

吉川 「それではさっき置いたこのカード。このカードはというと、ご覧の通り先ほど選んだカードに変わっております」


藤村 「いや、ちょっと信じられないですね」


吉川 「ですよね。信じられないことが起きてますよね。それが手品です。いかがでしたか?」


藤村 「いいえ。信じてないんで。すごくないです」


吉川 「え? あなたが先程選んだカードがこのカードじゃなかったですか?」


藤村 「そうかも知れないけど、信じてないんで」


吉川 「だって変わってますよね」


藤村 「信じてないんで」


吉川 「信じてる、信じてないじゃなくて。見た通りのことですよ。これがあなたの選んだカードですよね?」


藤村 「いいえ、目に見えてるものがすべて真実とは限らないので」


吉川 「それはなに? 手品というものを否定してるってことですか?」


藤村 「はじめから変わらないとは思ってないので。そのカードは」


吉川 「それをやるのが手品なんで。一見不思議だなって思えたわけでしょ? その技術が手品なんです」


藤村 「それを信じてないんで」


吉川 「それ最強だな。そう言われたらもうなにも手品はできないよ。でも普通眼の前で起きたら驚くでしょ?」


藤村 「信じてなかったから驚かなかったです」


吉川 「だってこのカード、普通ならここに出るわけないじゃないですか? あなたが選んだんだから」


藤村 「この世の何も信じてなんで」


吉川 「この世の何も!? 手品だから信じてないわけじゃないの? この世のすべてを?」


藤村 「このカードの中身が変わらないという保証はどこにもないわけで」


吉川 「いや、変わらないでしょ、普通は。みんな、誰もがこのカードの中身は変わらないと思ってるよ? だから変わったら不思議なわけで」


藤村 「人の心も変わらないと信じている人だけが傷つくんです」


吉川 「なんかすごい重い話になってきた? すべてを信じられなくなるくらい色々あったんだ」


藤村 「信じてたコラボ商品もすぐになくなってしまう」


吉川 「思った以上に浅かったな。ビックリした。それで何もかも信じられなくなるくらいのトラウマ背負っちゃうの?」


藤村 「逆にあなたがこのカードが変わらないと信じている根拠はなんですか?」


吉川 「根拠というか、基本的にカードの中身は誰かが触らない限り変わらないじゃないですか」


藤村 「いいえ。あなたは変わったと言いましたが?」


吉川 「手品だから。あと俺が変えたんで。誰も変えてないと思わせておいて俺が変えたんで俺はわかってます」


藤村 「それのどこが不思議なんですか?」


吉川 「いや、だから手品だから! 見てる人にとっては不思議でしょ。俺が自分で手品をしておいて不思議だなぁって思ってたらおかしいでしょ」


藤村 「おかしくなんかありませんよ。狂ってるのはこの世の中の方だから」


吉川 「世の中全部をそんな風に狂ってると思ってる人にとっては手品はもうなすすべなしですよ」


藤村 「醤油かなと思ってかけてみたらソースだったり」


吉川 「そんな枝葉の先っちょの部分で世の中狂ってるって思っちゃったの? そのくらいの狂いは許容しようよ」


藤村 「天ぷらだったのに」


吉川 「確かに天ぷらにソースかけちゃったら落ち込むけども。世の中のせいじゃなくない? 百歩譲ってそのお店のせいじゃない?」


藤村 「私の人生プランはすべてそこから過ってしまった」


吉川 「天ぷらにソースから? そもそもその人生プラン自体が相当危ういな」


藤村 「だけど、こんな私だけど。もう一度だけ人の優しさを信じてみようと思ってます」


吉川 「それは良いことですね」


藤村 「どうも仮想通貨というのがいいらしくて」


吉川 「もうあなたは何も信じないほうがいい!」



暗転

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