吉川 「ちょっとした失敗談があるんだけど聞く?」


藤村 「え、いいの? ただで? ただで人間が無様に転落してく話を聞かせてもらえるの?」


吉川 「いや、無様に転落ってほどじゃない。ちょっとした俺の失敗談だから」


藤村 「具体的に懲役で言うと何年くらいのやつ?」


吉川 「失敗の濃度が濃いな。懲役つくやつを失敗談ってカジュアルに聞けないだろ」


藤村 「あぁ、カジュアルなやつね。たまにはそういうのもいいか」


吉川 「餅が好きでさ、年末年始も食べてるんだけど、それ以外もずっと食べてるのよ。美味しいから」


藤村 「一年中売ってるものなんだ? そういう特殊な客層に配慮してるのかな」


吉川 「普通にスーパーでも売ってるから特殊ってほどじゃないと思うんだけど。でも最近値上がりしてさ。餅だけじゃなく何でも値上がりしてるんだけど」


藤村 「してるね。まさになんでも値上がりしてるね」


吉川 「で、思いついたんだけど。餅米を買って家でつけばつきたての餅が食べられるしパックの餅よりも安いなって」


藤村 「一人で?」


吉川 「そう! 餅つきって、あの杵と臼で町内会の寄り合いみたいにしてやるもんだと思ってるでしょ? でも家庭で少しだけできるらしいんだよ。普通にボウルと麺棒とかで」


藤村 「へぇ~」


吉川 「俺も発想になかったから思いつかなかったんだけど、知ったらやりたくならない?」


藤村 「今のところ、全然なってない」


吉川 「そうか。で餅ってお米みたいに炊くんじゃなくて蒸し器で蒸すものなんだよね」


藤村 「この話長くなる?」


吉川 「もう飽きた? まだ餅の形にすらなってないのに」


藤村 「いや、大丈夫だけど。なるのかなぁって」


吉川 「なる。まだイントロの段階だから。正直本題にすら入ってない」


藤村 「長いな。話の構成もうちょっと練れる気がするんだけど」


吉川 「まぁ聞いてよ。話したいんだよ。で、蒸し器で強火で一時間とかかかるからさ、そうなるとガス代も高いじゃない?」


藤村 「近頃なんでも高いからな。それでパックの餅の方が全然安いとなったら本末転倒だ」


吉川 「そう。いいね、その相槌。俺もそう思った。でもね、なんか調べたら炊飯器でも普通に炊けるみたい」


藤村 「じゃあ蒸し器の話はいらなかったんじゃない? 米みたいに炊飯器では炊けないって言ったじゃん」


吉川 「正式には! 本来の正式な餅は蒸し器なんだけど、家庭用の気軽なやつだから。こだわるなら俺だって蒸し器でいってもらいたい」


藤村 「じゃあ炊飯器で炊いたのね?」


吉川 「炊いた。それでできたの。いい感じの餅の元が。これをこねさえすれば最終的に餅になるであろう原石が」


藤村 「よかったね」


吉川 「それからボウルに移して麺棒でひたすら叩いたんだけど、これが大変。思ったより大変」


藤村 「大変な気はするよ」


吉川 「一時間くらいずっと叩いてるのにまだ粒感があったりするの。おはぎみたいな感じなのよ」


藤村 「一時間もやってたの? 餅のために?」


吉川 「美味しいつきたてのお餅が食べられるって思いだけでひたすら。もう腕がパンパンになるくらい」


藤村 「それをモチベーションにしてたんだ」


吉川 「あのさ、それ次から使っていい?」


藤村 「次って?」


吉川 「他の人に話す時に、そのモチベーションにするって言い方」


藤村 「いいけど、そんな他の人にわざわざ話すことなの?」


吉川 「大変だったから。あと数人にエピソードとして話さない限りもとが取れないくらい大変な経験だったから。腕パンパンなんだから」


藤村 「元は餅を食った時点で取れてるだろ」


吉川 「それがね。もうこっちの気持ちとしては美味しいつきたての餅しかないわけ。頭の中の十割が。で二時間くらいついてなんとか餅っぽくなったの」


藤村 「大変だったな」


吉川 「大変だった。餅ってすごい粘つくからそれを避けるために水でさちょっとボウルや麺棒を湿らせたりしてたのよ」


藤村 「餅つきの時にも合いの手みたいにやるもんな」


吉川 「そうそう。そうこうするうちに餅が冷えてきちゃったりして、いいのか悪いのかわからないけど冷えたらダメだからレンジでチンしたりしてさ」


藤村 「なりふり構わなくなってるな」


吉川 「でも美味しいつきたてのお餅が食べられることをモチベーションとして」


藤村 「改めて言われると、そんな上手い感じでもないな、その言い方は」


吉川 「で、打ち粉。片栗粉でいいって書いてあったから餅がまとまるように打ち粉をまぶしたんだけど、なんか順番的にどのタイミングで打ち粉をすればいいのかもよくわかってなくて、ただネバネバの餅に片栗粉まぶした感じになっちゃって」


藤村 「思い描いてた餅の感じとどんどん乖離していくな」


吉川 「でもこっちはモチベーションが美味しい餅しかないから。それで苦労しながら。多分まだ実際にした苦労の半分も語れてないと思うんだけど、そのくらい苦労して食べたのよ」


藤村 「美味かった?」


吉川 「そんなでもなかった! 途中で水を差しすぎたのかちょっと柔らかくて」


藤村 「美味くなかったの? そんなに苦労して?」


吉川 「そう。絶対美味しいと思ったんだよ。それを信じてたんだから。それがそんなでもなかった。パックの餅って手軽さがまずすごいけど、十分に美味しい。あの手軽さであの美味しさはえらいよ」


藤村 「パック再評価につながるとは」


吉川 「という失敗談なんだけど」


藤村 「まぁ、ちょうどいい失敗談ではあるな。誰も傷つかないし」


吉川 「あと一つ気づいたことがあるんだけど、餅を二時間くらいついててね、すごい腕パンパンになって辛いんだけど、一番楽な体勢ってどういうのか模索したんだよ」


藤村 「そりゃ二時間やってりゃ考えるよな」


吉川 「で、最も安定するのが股の間にボウルを挟んで上から麺棒を叩きつける体勢だった」


藤村 「なるほど」


吉川 「この股間の上で棒状のものを握って上下させる運動っていうのが、なぜか異常にしっくりときて。家庭で餅をついたの初めてだったんだけど、なぜか長年この動きの修練を繰り返してきた感じすらあった」


藤村 「俺もその動き、ひょっとしたら得意かもしれない」


吉川 「やっぱり? 餅つきの才能あるんじゃない?」


藤村 「なぜかね。なぜかあるかも。まったく思い当たることはないけど」


吉川 「なぜだろうな」


藤村 「なぜかな」



暗転

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