予見

藤村 「見えますね」


吉川 「一体どんなものが見えるんでしょうか?」


藤村 「厳密に言えばあなたの感情が伝わってくる感じなのですが」


吉川 「私の感情が? なにか悲しいことが起きたり、嬉しいことが起きたりとか?」


藤村 「このあとお昼ご飯を食べることになりますが、可もなく不可もなかったなと思うところが見えます」


吉川 「んー。なるほど。他には?」


藤村 「見えますね。ちょっと日にちは定かではないのですが、電車に乗る時にですね『意外と混んでるじゃん。この時間てこんなに混んでるものなの?』と思ってるところが見えます」


吉川 「あの、なんていうか。そういうのじゃなくて、もっとエモーショナルなイベントとかないんですか?」


藤村 「あー、見えてきました。見えます」


吉川 「一体どんな!?」


藤村 「その衝撃的な出来事で色々と思うところがあったけど、そのあとでビールを飲んだ時に『なんだかんだいってこういう一杯が一番なんだよな』って思う姿が見えます」


吉川 「そうじゃなくて! 出来事自体は? どんなことが起きてるの?」


藤村 「それからちょうど一年後に『はぁ、あれからもう一年か』と噛みしめる姿も見えます」


吉川 「だから何の!? 何が起きたの? 起きた後の心模様は、その出来事を知れば想像つくよ」


藤村 「いいえ、それは違いますね。その姿もちゃんと見えてますから。『今こんな気持ちになるなんてあの頃は想像できなかったなぁ』と思ってるところが見えます」


吉川 「その姿を予見されてもどうしようもないでしょ。なるよ、人生でそういう気持ちには。何度か」


藤村 「あぁっ!? これは大変だ」


吉川 「どんなことが? 私の身に何かが?」


藤村 「レジで並んでる時に会計をしているお客さんがアプリの登録方法を店員に聞き始めて『いや、それ今やらなきゃならないことか?』って思ってる姿が見えます」


吉川 「今言わなきゃいけないことか? それ! 未来を予見できるのに、レジで並んでる姿を言わなきゃならないか?」


藤村 「おや、次のこれはだいぶ後ですね、何年か、いや何十年か後に『あの時はああ言ったけど、それもこれも全部必要なことだったんだな』と思う姿が見えます」


吉川 「今の俺に言い聞かせてる? おじいちゃんになった俺が。そりゃそんなこというだろ、おじいちゃんだから。まぁ、いい年の取り方をしてるかも知れないが」


藤村 「いえ、でも後悔してる姿も見えます」


吉川 「そうそう、それ! そういうの。事前に知っておけばどうにかなるかも」


藤村 「『こんな筋肉痛になるなら調子に乗るんじゃなかった』と後悔してる姿が見えます」


吉川 「その後悔は別にいいよ。よくはないだろうけど、きっとこれからもチョイチョイなるやつだから。その後悔のために何かやるってできないから。調子は乗っちゃうものなんだから」


藤村 「あと『学生時代、真面目に英語やっておけばよかったな』と後悔してる姿も」


吉川 「してるよ! もうしてる。それは未来の姿じゃなくて、過去にも何度かしてるやつだから。言ってくれなくてもいいんだよ」


藤村 「ほう、これは興味深いことを思ってますね」


吉川 「いつ? どんなことをですか?」


藤村 「結構後のことだと思いますけど『サザエさんてまだやってるんだ』って思ってます」


吉川 「思うだろうよ! それはサザエさんの未来だろ。そして日本人全員の未来だろ。何が興味深かったんだよ!?」


藤村 「まだやってたんですね、サザエさん」


吉川 「あなたが今そう思っちゃったんだ。やってるんだよ。多分ずっとやってるんだよ、サザエさんは。いちいち思わなくていいんだから」


藤村 「あとこれは告げるべきかどうか……」


吉川 「なにか重要なことが? どんなことでも聞きたいです。たとえそれが悲劇であろうとも!」


藤村 「今日家に帰って寝る前に『ああ言われたけど、やっぱりなんか釈然としないなぁ』って思ってる姿が見えます」


吉川 「的中率は間違いないと思うよ!」



暗転

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