解像度

藤村 「コーヒーって毒じゃん? 味も効果も」


吉川 「いや、毒ではないと思うけど。好き嫌いがあるって話だろ?」


藤村 「人間の体内に入れて神経や肉体に影響を与えるって言ってみれば毒じゃん。薬だってたまたまポジティブな反応が出るってだけで毒の一種なんだから」


吉川 「ま、そういう風にカテゴライズすれば毒なのかもしれないけど」


藤村 「だけどさ、味や香りにこだわって、もっと言えば豆の産地や焙煎の仕方、淹れ方なんかもいくらでもこだわりようがあるわけだろ? そしてそういうこだわりを持ってる人が世界にごまんといる」


吉川 「それはそうだな」


藤村 「だからさ、毒みたいなちょっと忌避されるようなものでも解像度を上げることによって趣味になるんだよ」


吉川 「なるほど。そういう事を言いたかったのか」


藤村 「例えばホラー映画なんて嫌なものじゃん」


吉川 「そうだな。多くの人が嫌だと思うだろうな。でもその嫌さがたまらないって愛好家も多い」


藤村 「うん。そういった嫌な表現を突き詰めてさ、今までにないような新しい嫌さとか、逆に古典をブラッシュアップさせた『待ってました!』というような嫌さとかを提示したりしてさ。本来嫌なものであるはずなんだけどもそれに対して解像度を上げることで……」


吉川 「趣味になる!」


藤村 「そう。だからあらゆる物事は最初の印象だけで排除してはならないんだよ」


吉川 「意外とまともなところに着地したな。コーヒーが毒って断言した時はどうなることかと思ったが」


藤村 「だから納豆ネバネバ腕相撲も第一印象で嫌う人がいるじゃない?」


吉川 「なにそれ。知らない」


藤村 「そんな嫌われ者の納豆ネバネバ腕相撲だけども、突き詰めていくと」


吉川 「突き詰める前に知らない。聞いたことない。見たこともない。なんで『例のアレ』みたいな感じで話せてるのかが理解できない」


藤村 「納豆ネバネバ腕相撲だよ?」


吉川 「だよって。今まで通じてきたの? そのワードで」


藤村 「本当に知らないのか。なんていうのかな、説明が難しいんだけど。納豆でネバネバさせてやる腕相撲なんだ」


吉川 「予想とビッタシのシンプルな説明がきたな。その思った通りのことの説明がなぜ難しい」


藤村 「いやほら、ちゃんと説明するには歴史とかも理解しないとわからないから」


吉川 「歴史あるの!? 納豆ネバネバ腕相撲に?」


藤村 「二週間前になんとなく始めてみたんだけど」


吉川 「お前が創始者じゃねえか! 二週間をよく歴史って言ったな。歴史のれの字で恥ずかしくなるだろ、普通」


藤村 「ほら~! そうやってなんでも悪く言うのはコーヒーを毒だって決めつけてるのと一緒だって」


吉川 「いや、でも納豆ネバネバ腕相撲には愛好家いないだろ」


藤村 「そんなことない。現に俺とお前以外にもこれから候補に入れてある人はいて」


吉川 「待って。俺とお前!? 入ってるの、俺が?」


藤村 「それがダメなんだよ。解像度が低いためにバカにしてる。実際にその奥深さを味わうともう全然違うんだから」


吉川 「バカにしてるのは解像度の問題じゃないと思うんだけど」


藤村 「なので一応用意しておいた。この納豆でネバネバになってだね」


吉川 「嫌だよ! なんでやらなきゃいけないの?」


藤村 「ホラー映画だって最初は嫌だけど何本か見ていると面白さがわかってくるんだよ?」


吉川 「納豆ネバネバ腕相撲の面白さをわかりたいと思わないもん。できれば触れることなく一生を終えたい」


藤村 「意外と競技性が高いんだよ。初心者は指とかのネバネバで戦おうとするんだけど、最も重要なのは肘の支点のところ。ここにネバーが入り込むと滑って全然力が入らない」


吉川 「初心者っていうか、競技人口がいないだろ。お前だけのオリジナル競技だから」


藤村 「ほら、そうやってさ。自分の思った通りにならないとすぐ文句言う。だからお前みんなから嫌われてるんだよ。でも解像度を上げると?」


吉川 「その構文を俺に使うのかよ!」



暗転



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