約束

吉川 「どうしていつもそうなんだよ?」


藤村 「そんなに怒るなよ。お互いに嫌な気分になるだろ」


吉川 「お前が怒らせてるんだろ! なんで約束を守れないの?」


藤村 「守れないわけじゃないよ。ただ今回は守らなかったというだけで」


吉川 「だから守れてないんだろ!」


藤村 「なんでそんなに怒ってるんだ? 約束をしたってことは破られる可能性も考えておくべきだろ」


吉川 「は!? 何言ってるんだ? 破らないだろ、約束は!」


藤村 「破る時もあるだろ。約束なんだから」


吉川 「その理屈は何? 約束ってのは破らないためにあるものだろ?」


藤村 「だったらなんで『約束を破る』なんて言葉があるの? 約束ってのは常に守ると破るの二択なわけだろ?」


吉川 「二択じゃないよ! 守る一択だよ!」


藤村 「じゃあ『約束を破る』ってなに? 守る一択だったらそんな言葉は存在しなくていいわけじゃん? でも実際には破られるものだから言葉がある」


吉川 「言葉はあっても行動に移さなくてもいいだろ?」


藤村 「言葉があるってのは、それが実行される可能性があるってことなんだから。ないことは言葉にもならないんだから。『約束を酢醤油でさっぱりと頂く』って言葉はないだろ? 頂かないんだよ、約束は。でも破るはある。そりゃ破るよ」


吉川 「約束は守るものでしょうが! 守ることが約束なんだよ。約束と守るはもうイコールであって、破るってのはあってはならない事態でしょ」


藤村 「それは結局願望に過ぎないんじゃない? 約束は『守る』であって欲しいという願いはわかるよ。異性にモテる。これも願望だろ。おっぱいを揉む。これも願望。でも実際におっぱいを揉めるか? この世のおっぱいは揉めないことの方が多いんだよ。酢醤油でさっぱりと頂くってのも願望。意外と酢が喉にカッてなっちゃうからさっぱりもしないなって場合もある」


吉川 「何の話してるんだよ!? 守れよ! 約束は」


藤村 「それは感情論の話だから」


吉川 「全然違うよ。守って欲しいっていう感情でやってることだと思ってるの? 世の常識だろ」


藤村 「現実を見ろよ。この世には守られる約束もあれば、破られる約束もあるんだよ?」


吉川 「ありはするよ! だからと言って破っていい理由にはならないだろ」


藤村 「破っていいと思ってるから破ってるわけじゃないよ。バナナを酢醤油でさっぱりと頂いてもいいけど、しない人もいる。人が思った通りに正しいように生きられるなら法律も政治もいらないんだよ」


吉川 「だからそれは心がけの問題だろ!」


藤村 「経済が低迷してるのも、人が傷つくのも、全部誰かの心がけの問題なんだよ。でも複雑に絡み合った心がけは個人でどうにかできるものでもないだろ。血圧が高くなって塩分量を控えるように医者から言われてる人は酢醤油だって我慢しなきゃいけないんだよ」


吉川 「ところどころ酢醤油でさっぱりと頂きに来るなよ!」


藤村 「な? 酢醤油でさっぱりと頂けない時もあるだろ?」


吉川 「なにが『な?』なんだよ。酢醤油でさっぱりと頂く話はしてないんだよ。約束を守る話をしてるんだから。なんで約束を破るんだよ?」


藤村 「しょうがないなって思っちゃったんだもん」


吉川 「しょうがないなって思うなよ! なんで約束を前にしてしょうがないなって思えちゃうの?」


藤村 「人の心の内側から湧き上がってくる情動に対して、他人が文句をいう権利なんてないだろ。『お昼は甘酢あんかけが食べたいな』と思った時に『なんで甘酢あんかけ食べたくなっちゃってるんだよ!』って言われても困るだろ」


吉川 「しょうがないは違うじゃん。しょうがないと思っちゃうのと甘酢あんかけを食べたいと思っちゃうの、同じ席に座らせるなよ」


藤村 「いや、酢醤油でさっぱりと頂きたいなって時だってあるよ?」


吉川 「もういいんだよ、酢醤油でさっぱり頂く話は。約束を破るのはいけないことだろ? いけないとわかっててやったんだろ? だったらすみませんの一言があってもいいんじゃないのかって言ってんだよ!」


藤村 「……見ちゃうな」


吉川 「酢の話じゃねえよ!」



暗転

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