吉川 「ちょっとぉ! これ! 料理の中に虫が入ってるんだけど?」


藤村 「はい? なんですか?」


吉川 「なんですかじゃないよ。ほら! これ!」


藤村 「ははは。嫌だなぁ、お客さん。これは虫ですよ」


吉川 「そうだよ! だからそう言ってるじゃん」


藤村 「虫がなにか?」


吉川 「なにかじゃないだろ! 料理の中に虫が入ってるんだぞ?」


藤村 「はい」


吉川 「え? どういうこと? なんでそのテンションで肯定できるの?」


藤村 「お客さん、一応お伝えしておきますが、当店はこちらカメラの方で店内の様子を録画していてですね。従業員に危険などが及んだ場合などは警察の方に連絡させてもらったりしてるんですよ」


吉川 「いやいや。だからなに? クレーマーみたいに言うなよ。俺、間違ったこと言ってる? 虫だよ? 料理の中に」


藤村 「ダメですか?」


吉川 「ダメだろ。何言ってるんだよ。ダメじゃない可能性なんてないだろ」


藤村 「お客さんはそういうの気になさらなそうなタイプに見えたんで」


吉川 「虫が入ってたら気になるよ。タイプの問題じゃないだろ。どんなタイプでも虫はダメだよ」


藤村 「じゃあ厨房に虫NGだって伝えておきます」


吉川 「虫OKのオーダーもありうるの?」


藤村 「ないですけど」


吉川 「だろうな。わざわざ入れないもんな。なんで虫NGって伝えるのよ」


藤村 「でもほら、お客さんよくお似合いですよ?」


吉川 「虫と? 虫の入った料理と!? そもそも飲食店でお似合いですよって勧められることなんてあるか? 服屋じゃないんだよ」


藤村 「そりゃそうですよ。服に虫がついてたら一大事じゃないですか」


吉川 「料理の方が一大事だろ! なんでこのことを一大事ととらえてないんだよ?」


藤村 「こう考えたらどうでしょう? 今日は運が悪かったなって」


吉川 「そう考えてるよ! それはもうその通りだよ。でもそれは避けられない不運じゃなくてあなたたち次第でどうにかなる要素じゃない?」


藤村 「私もこんなお客さんが来るなんて運が悪かったです」


吉川 「お互い様みたいに言うなよ! そっちが発端だろ」


藤村 「でも見たところこの虫は毒もなさそうですし、味に影響を与える大きさでもありませんよ」


吉川 「虫が入った料理を押し通そうとしてるの? これが問題だって思ってない?」


藤村 「お客さんご存じないかも知れませんが、人間は多少虫を食べたところで平気なんですよ」


吉川 「それは原始人に言い含める理屈だろ! 平気だからって食べたくないんだよ」


藤村 「私もお恥ずかしい話、ブロッコリーが苦手でして」


吉川 「共感しないよ! こっそり秘密を教えますみたいな感じで言われても、好き嫌いの話じゃないから」


藤村 「当店は味にこだわっておりまして。もし美味しくないと言われるのでしたら返金の対応もいたしますけど」


吉川 「味の問題じゃないんだよ! 虫だよ! 入ってるの!」


藤村 「味の問題じゃないのでしたら、それはもうお客様の問題となりますので当店での対応は請けかねます」


吉川 「嘘だろ。俺の個人の問題になってるの? 料理に入った虫が? お店の手から離れたの?」


藤村 「私どもは最高の味を提供すること、それだけに意識を集中しておりますので」


吉川 「そこに集中しすぎて他がおろそかすぎるだろ。虫入ってるの気づかずに料理出す店があるのかよ」


藤村 「気づいてはいました」


吉川 「なおさらダメだろ! 普通なんとかするだろ」


藤村 「私どもの力及ばず」


吉川 「及べよ! そのくらいは及べるだろ! 作り直すとかできるだろ」


藤村 「では作り直しでよろしいですか?」


吉川 「よろしいよ。そうしてくれよ」


藤村 「わかりました。次は生きたままお届けできるように善処しますので」


吉川 「え、待って。そういう料理なの!? ゴメン。それだったらこっちが申し訳ないわ」


藤村 「いえ、違いますけど」


吉川 「違うのかよ! 二度と虫入れるなよ!」



暗転

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