腹痛

藤村 「汚い話になるんだけどさ。女の子と遊んだ日あったじゃん?」


吉川 「うん。介護職の子と?」


藤村 「そうそう。そのあとにさ、お腹を下しちゃって」


吉川 「あー、下痢?」


藤村 「それが下痢じゃないんだよ。もう何もでない。ただただお腹が痛い。横になると出そうなんだけど、トイレに行っても何も出ない。ただただ苦痛なだけ。進捗がなにもない」


藤村 「そう。もうせっかく気分が上がってたのに最悪」


吉川 「それは辛いなぁ」


藤村 「RPGのターン制バトルで自分のターンが回ってきても選択肢が『たえる』しかないの」


吉川 「『たたかう』も『にげる』もない」


藤村 「ない。『じゅもん』も『どうぐ』もない」


吉川 「ただ『たえる』。スキルが何もなくても『たたかう』くらいありそうなのに」


藤村 「ただひたむきに痛さを味わい続けるのみ」


吉川 「『いのる』があるじゃん」


藤村 「ない。祈りって精神状態に余裕がないとできないもんだよ」


吉川 「祈ることすら許されない苦痛か」


藤村 「ただただ耐えるだけ。何ターンも。マザーだったら『うたう』が出てくるくらい耐えた」


吉川 「ネタバレっぽいけど」


藤村 「何年前のゲームだと思ってるんだ。やりたいやつはもうやってるよ。やらないでネタバレだって騒ぐやつはどうせやらない」


吉川 「最近存在を知ったキッズだっているわけじゃん」


藤村 「そういうのはマザー2をやるよ」


吉川 「決めつけがすごいな」


藤村 「選択肢に『うたう』が出てきたから歌ったよ」


吉川 「歌ったの? 余裕あるじゃん」


藤村 「全然余裕なんてないよ。短調だよ!」


吉川 「いや、調の問題じゃないと思うけどな」


藤村 「腸の問題だけに」


吉川 「やかましいな。そんなに上手いこと言ってないぞ」


藤村 「声域だってハイバリトンだった」


吉川 「ハイバリトンがどの高さなにかわからないけど」


藤村 「普段は澄んだテナーなのに」


吉川 「普段のお前の声を澄んだ声だと思ったこともない。今もそこそこガラついてるよ」


藤村 「そんな絶望の歌を口ずさむくらいしかできなかったんだよ」


吉川 「歌える余裕ができたなら、ちょっとは良くなってない?」


藤村 「確かに全盛期よりは良くなってた。もう全盛期の痛みは切腹とほぼ一緒だったから」


吉川 「切腹したことないくせに」


藤村 「下手したら超えてた。あれに耐えた俺だったら切腹も鼻歌交じりでできそうなくらい」


吉川 「切腹してきた人たちに失礼だな」


藤村 「なんだったら飾り包丁入れる余裕すらあるかも」


吉川 「切腹に? ちょいちょいっと器用なあしらいを入れてきたなって思わないだろ。お腹だぞ? 飾るなよ」


藤村 「ちょっと淫紋みたいなっちゃったな、なんて」


吉川 「なんだよ、淫紋て。誰もが知ってる言葉だと思って言うなよ!」


藤村 「それでせっかくあれだけ痛かったから誰かに話しておきたいじゃん?」


吉川 「せっかくということでもないけどな。あと聞かされる方は災難だな。お前は話したいかも知れないけど、エピソードとしては深みがなさすぎる。お腹痛いだけなんだから」


藤村 「そう。話したかったの。でも同時に恥ずかしくもある」


吉川 「まぁ、そうだよな」


藤村 「だからこの間の女の子にしたんだよ。介護じゃない方」


吉川 「え、ギャルの方?」


藤村 「ギャルの方。ネイルが殺人凶器みたいな方」


吉川 「ネイルと髪色がセイバートゥースみたいな方でしょ?」


藤村 「その子にさ、LINEしたんだよ。ちょっと脚色を加えて、お前が下痢をしたってことにして」


吉川 「なんでだよ! 恥ずかしいのだけ人のエピソードにするなよ! そもそもお前が介護の方がいいって言ったんだろ? だから俺はセイバートゥースちゃんを狙ったのに!」


藤村 「そうなんだけど、なんか時間が経ったらあのギャルもいいなって思ってきちゃって」


吉川 「だからって人をさ! そんなしょうもないエピソードで。やり口が汚いぞ」


藤村 「うん。だから汚い話だって最初に言ったけど?」



暗転

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