食堂

藤村 「あー違う違う。それじゃ全然ダメ。納豆の食べ方知らない?」


吉川 「なんですか、あなた」


藤村 「ダメなんだよね、それじゃ。納豆の本当の美味しさを損なってる」


吉川 「いいですよ、別に。納豆くらい自由に食べさせてくださいよ」


藤村 「でもね、ちゃんと美味しく納豆を食べると『あれ、これって本当に納豆かな?』って思うよ」


吉川 「いや、納豆食べてるんだから納豆かなって思いたくないですよ。納豆だなって思いながら食べたいもの」


藤村 「あれ、甘納豆かなって思うくらい」


吉川 「それは別でしょ。全然違うものになってるじゃん」


藤村 「ほんの一手間だから。ほんの一手間でもう段違い。今まで食べてきた納豆はなんだったんだって思うよ」


吉川 「だからそんな風に思いたくないもの。今まで食べてきた納豆を全部最悪にしたくないよ」


藤村 「いやいやいや。もう食べられたもんじゃない。あんな納豆食べるんじゃなかったって後悔する。今まで食べてた納豆は言ってみれば納豆の墓場。納豆ゾンビみたいなもの」


吉川 「俺の過去の記憶を書き換えに来るなよ。せめて今の納豆の話だけにしろ」


藤村 「いいのね、正しい納豆の食べ方教えるよ?」


吉川 「別に教えて欲しくはないけど、断ってもしつこそうだから」


藤村 「まずパックのままそのまま食べてるでしょ、これがダメ。もうお終い。これをやった人類は全員いずれ死ぬ」


吉川 「やらなくたって全員いずれ死ぬよ。言い方がいちいち煩わしいな」


藤村 「まず小鉢に移します。タレはまだ」


吉川 「それだと洗い物が増えるじゃない。納豆のネバついた。それはどうするの? 面倒でしょ」


藤村 「そしてこの状態で混ぜます」


吉川 「無視するなよ! そうすると多少美味しくなるとしても洗い物が増える面倒さと比べてこの味でもいいと判断してるんだから」


藤村 「だったら洗わなきゃいいだろ!」


吉川 「いや、洗わなきゃダメだろ。放置しても余計ひどいことになる」


藤村 「じゃあ捨てろ! もう小鉢も! 納豆も! 米も! 全部捨てろ! 死ね!」


吉川 「すごいキレ方するな。納豆も捨てちゃうんならやる意味ないだろ」


藤村 「納豆本来の美味しさを引き出せるんだぞ? それに比べたら洗い物の面倒の一つや二つなんだよ。悪魔と契約してでも引き出したいものだろ!」


吉川 「そんな犠牲が必要? 悪魔に『納豆の美味しさ引き出したいんですけど』って頼むやつ、すでに人の心を失ってない?」


藤村 「今は納豆の美味しさを引き出す話をしてるんだよ! 戦争の勝ち負けを考えなきゃいけない時に戦後処理の話を持ち出すか?」


吉川 「戦後処理の事も考えた上でやるのが戦争じゃない?」


藤村 「戦争したこともないくせに偉そうなこと言うな!」


吉川 「そっちが先に言いだした例なのに」


藤村 「まず何も入れずに納豆を練り上げる。こうして混ぜていくとだんだん白くなってくるから。あ……っ」


吉川 「あ、割り箸折れたね」


藤村 「なんで割り箸なんだよ! 納豆混ぜるのに向かないだろ!」


吉川 「知らないよ。そっちが勝手に人の食事に介入してきたんだろ」


藤村 「割り箸なんかで飯食ってんじゃねえよ! 食事に対する冒涜だ」


吉川 「そんなことないだろ。ここの食堂で文句言ってる人いないよ」


藤村 「納豆を混ぜる時はちゃんとした器とちゃんとした箸で食べなきゃいけないんだよ! それが納豆に対する礼儀ってもんだ」


吉川 「そこまでしなきゃいけないなら混ぜないでいい。面倒くさい」


藤村 「いいのか? 本当の美味しさ引き出せないんだぞ?」


吉川 「いいよ。初めからいいって言ってるだろ。こっちは自分のできる範囲での兼ね合いを考えてそうしてるんだから。こだわりたい人は勝手にこだわればいいけど他人にそれを強要するなよ」


藤村 「わかった。そこまでしなくていいから。楽にしていいから。楽に引き出してくれ。本当の美味しさを」


吉川 「もう本当の美味しさそれほど求めてないんだよ、こっちは」


藤村 「こうね、楽に混ぜて。あ、なんか手にネバネバついた! くせっ! 納豆臭い! もう!」


吉川 「イライラしすぎだろ」


藤村 「もうなんだよ! ネバネバしやがって。気持ち悪い! もうダメだこんなの! 納豆なんてダメ! もう食うな。お前も!」


吉川 「なんでだよ。情緒が不安定すぎるだろ。美味しさどころか納豆そのもの否定してるんじゃん」


藤村 「もういい! 納豆なんて二度と食わん! あー! そこの人! それはダメだよ。味噌汁の旨味損なってる!」


吉川 「もうこいつ、つまみ出せよ」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る