言い訳

藤村 「遅れてすみません!」


吉川 「どうした? なにかあったの?」


藤村 「それが今朝、地震があったじゃないですか」


吉川 「あー。あったみたいだね。え、こっち揺れてた?」


藤村 「いや、こっちの方は揺れてなかったみたいなんですけど」


吉川 「ひょっとしてご家族の方とか?」


藤村 「いやいや。家族と大丈夫ですし、知り合いもい向こうにはいないんで」


吉川 「だったらどうして?」


藤村 「ですから地震があったじゃないですか?」


吉川 「うん。地震はあったけど」


藤村 「それをニュースで見た瞬間、これは遅刻できるなって思っちゃったんですね」


吉川 「ん? どういうこと?」


藤村 「ほら、何ていうんですかね。地震だ、とわかった瞬間に、こう走馬灯のように遅刻の言い訳が流れてきて」


吉川 「走馬灯のように」


藤村 「なんかいけるんじゃないかなって、思いまして。地震って説得力あるじゃないですか」


吉川 「それって地震と遅刻とは関係ないってこと?」


藤村 「いえ、だから違うんですよ。地震のせいで遅刻してもOKかなっていう希望が見えてきたんですね。そもそも二度寝したかったわけですし」


吉川 「何を言ってるの?」


藤村 「地震があったんですよ? それはもう非日常じゃないですか」


吉川 「でもこっちは揺れてないもの」


藤村 「厳密に言えばそうです。ただそういうのも勢いで押し切れるかなって思いまして」


吉川 「押し切れないよ。現に今全然押し切れてないよ」


藤村 「まだまだこれからなんで」


吉川 「これから押し切ろうとしてるの? 無理だよ? 関係ない地震で押し切るのは」


藤村 「でも地震が起きたんですよ? 大切な知り合いが巻き込まれてるかもしれませんし」


吉川 「さっき家族や知り合いはいないって言ったじゃん」


藤村 「直接の知り合いはいないですけど、知り合いの知り合いくらいならいるかも知れないし、言ってみれば地球に暮らすすべてのものが家族じゃないですか?」


吉川 「そのハートフルなメッセージをこの場面で使う? ズルすぎない?」


藤村 「今にも大変苦しい思いをしている人がいる、そう思ったら居ても立ってもいられなくてですね」


吉川 「二度寝したんだろ?」


藤村 「はい」


吉川 「居ても立ってもいられなくて二度寝するやついないんだよ! 確かに体勢的には寝るのが理にかなってそうだけども」


藤村 「あとボランティアのこととかも考えました」


吉川 「行くの?」


藤村 「いえ、考えただけで」


吉川 「考えただけ! 考えるだけは別に通勤しながらできるだろ」


藤村 「薄っすら考えただけなんで」


吉川 「逆に失礼だな。地震で大変なのに薄っすらボランティアのことを考えて、何かやった気になるなよ」


藤村 「寄付のこととかも、考えようかなと思いました」


吉川 「考えてすらいない! しろよ、寄付くらい!」


藤村 「そういうのは他人に強制されてするものじゃないんで」


吉川 「そうだけど、地震を身勝手に便利に使いやがって。せめて寄付ぐらいはしたらどうなの」


藤村 「考えようと思ってます」


吉川 「だからせめて考えろよ! 考えようと思ってますって、二個前の段階だろ。思ってるだけだろ!」


藤村 「あとSNSで過剰に心配してるアピールしてる人を見たんでブロックしておきました」


吉川 「いいだろ、別に! SNSやる余裕はあるのかよ」


藤村 「なんか嘘くさかったんで。どうせ普段は被災地のことなんて考えもしないのにアピールだけ一丁前で」


吉川 「お前が言うなよ! お前もそうだろ」


藤村 「いえ、自分はいつだって被災地のことを考えてますし、何かあったらまた言い訳にできるんじゃないかと情報を探り続けてますから」


吉川 「それだったら考えないくらいがまだマシだよ。関係ないんだから。地震のことなんて忘れて仕事に目を向けろよ!」


藤村 「そういう発言は不謹慎ですよ」


吉川 「お前に言われたくないよ!」



暗転

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