人柄

吉川 「うちみたいな零細じゃ新卒だってよりどりみどりってわけじゃないからね。受けてくれるだけでもありがたいんだけど、それでも少人数でやってるからこそ質を求めてしまうんだよね」


藤村 「そう言えば、私の知り合いが先日フリーになったって聞きましたよ」


吉川 「ほぅ? この業界のこととか知ってるの?」


藤村 「元々そうでしたから。ちょっと前に転職をしたらしいんですがね、新しい会社がどうにも合わなかったらしくて」


吉川 「ははぁ。よくある話だね。会社ってのは入ってみないとわからない部分ってのもあるから」


藤村 「だから結構急ぎで新しいところ探してるらしいんですよ」


吉川 「なるほど。どんな人なの?」


藤村 「なんて言うんですかねぇ、とにかく人柄が良いんですよ」


吉川 「それが一番だよ。人柄ってのは教えられるものじゃないから」


藤村 「知人だからいうわけじゃないけど、まぁ彼の人柄を悪くい人はいませんね。人柄はいいです」


吉川 「いいじゃない。ぜひ紹介してよ」


藤村 「ただ人柄以外は最悪なんですけど」


吉川 「どういうこと? 人柄以外は最悪なの?」


藤村 「もう最悪です。なんで捕まってないんだろうって不思議なくらい。ギリギリ法の抜け目を掻い潜って生きてるタイプですね」


吉川 「最悪じゃない。前科とかあるの?」


藤村 「ないです。そのあたりが上手いんですよ。あと人柄がいい」


吉川 「それ聞いたら人柄がどうとかもう耳に入らないよ。人柄でフォローできるマイナスじゃなくない?」


藤村 「いえ、それがすべてを覆い隠して余りあるくらい人柄がいいんです」


吉川 「そんなに!? 人柄でカバーできてるの? 人柄ってそんな汎用的に使える能力だっけ?」


藤村 「もうとにかく人柄がいいんで」


吉川 「とにかくって言われても人柄に関してあんまり評価したことないから」


藤村 「すごいんですよ。遠目に見ても人柄の良さわがわかるくらい人柄がいいんで」


吉川 「見た目で!? 目視が可能な能力なの? あんまり人柄の良さを外見で感じたことないけど」


藤村 「そういう人でも第一印象で人柄がいいなって思っちゃうくらい人柄がいいんで」


吉川 「そもそも人柄って何? わかってるつもりだったけど、そこまで具体的に言われたら自分の認識が間違ってたかもって不安になってきた」


藤村 「そういう人にこそあいつに会ってもらいたいですね。人柄がいいんで」


吉川 「なんだよ! 具体的にどういうことなのか教えてくれないの?」


藤村 「いえ、私もそれに関しては明言できないです。ただ、あいつの人柄の良さは本物なんで」


吉川 「でも人柄以外は最悪なんでしょ?」


藤村 「そりゃもう。まず見た目からしてヤバいですからね」


吉川 「遠目にも人柄の良さがわかるって言ったじゃない! 見た目に人柄が反映されてるんじゃないの?」


藤村 「人柄はとにかくいいです。ただそれ以外が最悪なんで」


吉川 「全部抽象概念の話になってる! 『人柄』も『以外』も『最悪』も概念だろ! なにがどう良くて何がダメななんだ!?」


藤村 「それはもう会ってもらえば」


吉川 「怖いよ、そんな人。人なの? それは。もうそれすら不安になってくる」


藤村 「人ですし柄です」


吉川 「柄ってなんだよ! 人柄って人と柄を分割できるものなの? 柄だけで存在できるものなの?」


藤村 「言葉で言っても説明できないんで、会ってもらえば一発で理解できると思います」


吉川 「そんなキメラの説明みたいなこと言うなよ」


藤村 「あいつの人柄の良さ知ったら他の企業も見逃さないと思いますよ。でもまだ残ってるかな?」


吉川 「そんなになのか。なら会うだけでも会ってみるかな」


藤村 「いえ、そうじゃなくて。あいつから人柄を取ったら何も残らないんで」


吉川 「物理的に残らないの!?」



暗転

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