事件
藤村 「吉川刑事ですね?」
吉川 「む? 何だキミは。関係者以外立入禁止だぞ」
藤村 「たまたま巻き込まれてしまったのでこれも運命かと思いましてね。私のことご存知ではありません?」
吉川 「知らんが」
藤村 「ドラマ、忍者ゴリラ刑事シリーズは見てませんか?」
吉川 「見てないよ。なんだ、そのドラマ」
藤村 「そのドラマに出演しております、藤村と申します」
吉川 「これはドラマなんかじゃない、実際の事件なんだぞ?」
藤村 「わかっております。ただ私、手前味噌ではありますが世間ではこう呼ばれております。名脇役、と」
吉川 「……だから?」
藤村 「名脇役ですよ? ほら、名探偵と名が一緒でしょ?」
吉川 「え、それだけ? 名が一緒だからって、なんかそのウザい感じで近づいてきたの?」
藤村 「名が一緒ですよ? 普通、名って言わなくないですか? 名コロッケとか言わないでしょ?」
吉川 「コロッケどこから来たの? 名脇役はただ演技が上手い人でしょ? 別に事件解決のために役に立つわけでもなく」
藤村 「ただ演技が上手いだけで名脇役とは言われませんよ! ちゃんと個性があって、存在感があって、それでいて主役を邪魔しない、そんなバランス感覚に優れた俳優じゃないと言われないんです」
吉川 「それはだから、事件の捜査に影響を及ぼす要素ではないでしょ」
藤村 「はぁ~ん。そういうこというんだ? 名脇役に向かって」
吉川 「あなたが名脇役かどうかは置いておいて。そもそもたとえ名探偵がいたとしても事件の捜査には関わらせませんよ? 警察が唯一の捜査機関なんですから」
藤村 「は? 名探偵でも?」
吉川 「ダメですよ。現実の事件なんだから。どんな名探偵って言っても部外者でしょ」
藤村 「でも私は名探偵じゃなくて名脇役なんで」
吉川 「余計ダメでしょ。まったく必要とされてない。お話は他のものが伺いますから、それと連絡先だけ教えてもらって帰って結構です」
藤村 「あのさ、媒体によっては名バイプレイヤーなんて呼ばれたりもするんだけど?」
吉川 「言い方変えてもダメですよ。一緒でしょ? なんで食い下がってるんですか」
藤村 「いいの? 名脇役のちょっとした一言から事件の鍵をひらめいたりすることもあるんだよ?」
吉川 「現実ではそんなことないですから。地道な捜査だけが道を開くんですよ」
藤村 「いやいや、こう見えても結構ちょっとした一言いうタイプだよ?」
吉川 「なんですか、そのタイプ。いいから向こうで話を聞きますから」
藤村 「あれ、ひょっとして私の演技力を疑ってる? 知らないのかな? 結構大きな役もやってるよ?」
吉川 「だから演技力でどうにかなるものでもないでしょ」
藤村 「なんだったら目撃者の演技をここでしましょうか?」
吉川 「なんでそんなことするの? 混乱するだけでしょ。まったく意味がわからない」
藤村 「あなたが名脇役を軽んじるからそうなるんでしょうが!」
吉川 「軽んじてるというか、関係ないでしょ。名脇役は」
藤村 「関係ないことはないでしょ! どんな人生にだって脇役はいるんですよ! あなたの人生だって多くの脇役があなたという人間を支えてきた!」
吉川 「それはそうだけど、その理屈と今の状況は噛み合ってないよね? 名脇役が必要な場面は多くあると思いますけど、捜査上は必要ありません」
藤村 「あの……。変に勘ぐられると困るんで今まで黙ってたんですが、実は犯人役も結構やったことあるんです」
吉川 「でしょうね、名脇役なら」
藤村 「できるんですよ。犯人ならではの視点での考え方がね。なんかわかっちゃうんですよ。追い詰められた心理とか。どうです?」
吉川 「どうですって言われても。どうにもならないですよ。あなた一体何がしたいの?」
藤村 「何がしたいっていう考え方は主演の考え方なんですよ。名脇役、助演というのはですね、その状況の中で何を表現できるか、それこそが肝心なんです」
吉川 「演技論はどうでもいいんだよ。あなたの出番はまったくないです!」
藤村 「なんでですか! やってみなくちゃわからないでしょ!」
吉川 「だってこれ中年男性が裸で徘徊しているっていう事件ですよ?」
藤村 「必要とあらば脱ぐ覚悟はできてます!」
吉川 「頼むから帰ってくれ」
暗転
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