自慢

吉川 「見てよこれ。腕時計」


藤村 「うわぁ! すごい!」


吉川 「60万くらいした。時計ってさ、いざとなったら売ることもできるからね。しかも世界中どこでも売れる」


藤村 「そうなんだ?」


吉川 「そう。だから単なる成金趣味みたいなのとは違うんだよ。もちろんデザインもいいし、風格っていうの? そういうのもある。時間だけ分かればいいなんて人もいるけど、そういうのとは違った視点で見れば高級時計って言ってみれば超実用品なんだよね」


藤村 「なるほど。いいの?」


吉川 「ん? なにが?」


藤村 「そんな高級なものを。あざっす!」


吉川 「いや、あげないよ?」


藤村 「へ?」


吉川 「へ、じゃないよ。あげるわけないだろ。なんで貰えると思ってるんだよ」


藤村 「なんでって、そのために見せたのかと」


吉川 「そんなわけないだろ。さもしいな。普通もらえるなんて思わなくない?」


藤村 「なにそれ? え、じゃあ何のために見せたの?」


吉川 「何のためって、いいだろうと思って」


藤村 「は? 見せるだけで? 見せるだけでリアクションをもらおうと思ったの? なにも差し出すことなく?」


吉川 「だから見せてるじゃん」


藤村 「見せただけなんて一円にもならないだろ。逆に何? リアクションだけもらおうと思ってたの? くれもしないのに自分だけいい思いをしようと? そんな人間がよく他人のことをさもしいだなんて言えたもんだな?」


吉川 「そういうのじゃないだろ」


藤村 「はぁ!? 自分ばっかり褒めを強奪しようとして。そのくせ他人のことを見下して。どういう人間性してるの?」


吉川 「強奪しようとなんてしてないだろ」


藤村 「別に俺は褒めたくなんかないよ? お前に褒める要素なんて何一つないじゃん。他人を見下して蔑んで自分のことだけ自慢して。性格終わってんじゃん。お前ほどクソな人間見たことないよ。だけど高級時計を貰えるという対価によってなんとか褒めを絞り出したんだろ。それを奪うだけ? 何も渡さず?」


吉川 「すごい言われよう。別に自慢しようとしたわけでもないし」


藤村 「自慢だろ! そこは自慢だろ、それさえも認めないの? 自意識ばっかり高くなって、他人は傷つけても自分だけは僅かな傷もつけたくないと? 何もさらけ出さずに他人が媚びへつらうことだけを望んでるくせに?」


吉川 「言い方ひどいよ」


藤村 「自分の行いだろ? 俺はお前がやったことを言語化してるだけだよ」


吉川 「確かにちょっと自慢したかった気持ちはあったよ。だけどそのくらいは雑談というか、日常会話だろ。たとえ褒められなくてもそれはそれで受け入れるし」


藤村 「受け入れられるわけないだろ! 高級時計を買う理由なんて褒められたいからなんだから。色々理屈をつけても結局はそこだけなんだから。もし褒めなかったら価値のわからないバカと見下して切り捨てるだけだろ」


吉川 「そ、そんなことないよ」


藤村 「あるんだよ! 自分が築き上げた価値観じゃなくて、他人が認める価値観しかありがたがれないクソのようにつまらない人間だけが買うものなんだよ。金、権力、モテ、そういう他人の承認なしでは自分を保てない精神が貧しい人間だけがすがりつく低俗の象徴がそれだよ! 世界中の誰も認めなくても自分だけが信じる価値っていうものを持ってる人間はそんな時計で自慢したりしないし、どれほどチャチな時計をしていようが胸を張って生きられるものだろうがよ!」


吉川 「確かにいい時計ってものに踊らされてた部分はあるよ。お前にも失礼なこと言ったな。悪かった」


藤村 「他人がどう思おうとかそんなことよりも、周りにいる人の表情を気にしろよ! お前自身が価値のある人生を歩いていれば自然にお前に向ける眼差しは良くなってくるんだから。その時に初めてお前はその時計の価値に負けない人間になってるんだろ!」


吉川 「そうかも知れない」


藤村 「ほら、ちょっとその時計貸してみろよ」


吉川 「あぁ」


藤村 「イヒヒ。なぁ、似合う?」


吉川 「よくあれだけまくし立てた人間がその表情できるな!」


藤村 「いいの? なんか悪いな」


吉川 「あげねーっつってんだよ!」



暗転

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