叙述

吉川 「そんな藤村さんが参加されたあの会談のは世界中で波紋を呼びました」


藤村 「はい。ここだけの話ですがあの会談ではね、本音をいうと私はここから生きて帰れるかな、という気持ちもありましたよ」


吉川 「ですよね。確かに一歩間違えれば国と国との衝突が免れないという状況でした」


藤村 「でも実際に相手と話していてわかったのは、やはり相手も人間なんですね」


吉川 「はぁ。と言いますと?」


藤村 「そりゃニュースなんかでは凶悪な独裁者のように言われてるわけですよ。でも相手だってこちらに対して思うことがあるはずなんです」


吉川 「なるほど」


藤村 「それで思いましたね。ここまで来たら言葉じゃないなって」


吉川 「言葉じゃない? それはその、どういった意味ですか?」


藤村 「そのまんまのことです。お互いの目を見て話せば言葉はいらないんですよ」


吉川 「それを藤村さんが?」


藤村 「つまりね、生まれ育った環境が違っても、言葉が違っても、目を見れば通じることがあるんです。それを確信しましたね」


吉川 「あなたが?」


藤村 「はい」


吉川 「でも言葉は大事じゃないですか?」


藤村 「いいえ。たとえ相手が何を言ってるかわからなくても、大事なのは心ですから」


吉川 「何言ってるかわからなかったんですか?」


藤村 「それはお互い様で、私も自分の気持ちをどうにかして伝えようと必死でしたから」


吉川 「あなたの気持ちを?」


藤村 「まぁ確かに、私も立場上言えないことも多かったのですが、熱意が伝わったからこそああいった会談になったと思ってますね」


吉川 「その熱意というのは、具体的にはどのような?」


藤村 「そうですね。まず向こうの気候は湿度が低いためにカラッとしてて温度が高くてもそれほど不快じゃないんですよ」


吉川 「え、熱意って温度的な? 気持ち的な意味じゃなくて?」


藤村 「それもありますし、温度もありますし、どっちの意味にも取れるじゃないですか? 日本語って複雑ですから」


吉川 「そうですか? 熱意って聞いてあんまり温度のことだと思う人は少ないと思いますけど」


藤村 「そんなことはどっちでもいいじゃないですか」


吉川 「いいですかね? でも会話に齟齬があると不都合は起きるのではないでしょうか?」


藤村 「そご? なにそれ? 何語? 全然意味わからない」


吉川 「わからないですか? それで大丈夫ですか?」


藤村 「そういった言葉尻を捉えて相手の言論を封じる、そのような態度はグローバルコミュニケーションにおいてはまったくナンセンスなんですよ。ナンセンスなんすよ」


吉川 「なんで今ちょっと言い直したんですか? ダジャレっぽくなるから?」


藤村 「なんでんかんでんなんすよ」


吉川 「それはもう全然意味がわからない」


藤村 「でも気持ちは伝わったんじゃないですか?」


吉川 「どの気持ちですか? どういう心境で人は『なんでんかんでんなんすよ』ってダジャレをいうんですか?」


藤村 「たしかに今はこういったリラックスした状況ですけど、あの会談のような緊迫感の中ならもう一発で伝わりますね」


吉川 「はぁ、ダジャレを言う気持ちがですか?」


藤村 「全部です。全部通じます。もう目を見れば一発。相手の言いたいこともこっちの言いたいことも」


吉川 「そうなんですか」


藤村 「だからもう私は最終的には何も言いませんでしたね。それで全部伝わっちゃうので」


吉川 「何も言わなかったんですか!? でも伝えるべきことが」


藤村 「そんなのはないんです。わざわざ『愛してる』と言葉にしなきゃいけないような仲は愛し合ってるとはいいません。それと同じです」


吉川 「いや、同じではないと思いますけど」


藤村 「他の誰にも伝わらなかったかもしれませんが、私にはきちんと伝わってますから」


吉川 「他の誰にも伝わらなかったんですか!?」


藤村 「おそらくそうですね。ただ周りの人間がなんと言おうとブレない自分を持っているということが大事ですから」


吉川 「そういうものですか?」


藤村 「はい、そういうものです!」


吉川 「わかりました。ありがとうございました。ゲストは先日の会談でも話題になった通訳の藤村さんでした」



暗転

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