抱かれ

吉川 「もし俺が女だったら抱いてって思うもん」


藤村 「あー、今そういう言い方気をつけたほうがいいんじゃない?」


吉川 「なにが?」


藤村 「ほら、ジェンダーとかさ。うるさい人もいるし」


吉川 「いや、それくらい憧れるってことだよ?」


藤村 「言いたいことはわかるよ。でも女だったらっていうのはさ、まるで女は常に抱かれたがってるかのような印象を与えるわけじゃん?」


吉川 「でも昔からそう言うじゃん」


藤村 「だからそういうのをアップデートする時期に来てるんだって。しかも相手はいい男限定で、ヘテロセクシャルしか想定してない。世の中には色々な愛の形があるのに女はいい男に抱かれたいって定型の考えのみを押し付けるのはちょっと問題になりかねない」


吉川 「すげぇうるせえな。そんな風に思ってないよ」


藤村 「たとえそんな風に思ってなかったとしても、そういう風に受け止めて傷つく人だっているんだよ。そういう人たちは今まで人知れず傷ついて我慢してたんだ。それをなかったことにしちゃいけないだろ」


吉川 「わかったようなわからないような。とにかく言い方がまずかったわけか。じゃあ、俺がコアラだったら抱いてって思うもん」


藤村 「それもコアラに対するイメージの押しつけだと思う」


吉川 「いや、コアラは抱かれたいだろ。あいつはいつだって抱かれることしか考えてないよ」


藤村 「そんなことない。そうだとしたら爪が凶暴すぎる。コアラの爪見たことあるか? 肉を削ぎ落とすために特化した戦闘用の武器だぞ?」


吉川 「あんまり見たことないよ。コアラの爪は」


藤村 「コアラの爪に勝てるのはもうウルヴァリンの爪くらいだから。あんなやつが抱かれに来たら、もう内臓を直接えぐりに来たと思ったほうがいい」


吉川 「それはそれでお前のコアラに対するイメージ悪すぎるだろ」


藤村 「だいたいね、コアラと言ってもコアラそれぞれなんだよ。人見知りのコアラもいれば、パリピのコアラもいる、マーチをするコアラもいれば、お笑い芸人から書家になるコアラもいるんだよ」


吉川 「最後のはコアラじゃなくておさるだろ」


藤村 「そのくらい様々な性格のコアラがいる中で、コアラは抱かれたがってるという属性で一絡げにして考えるのは差別だよ。抱かれたくないコアラも、足の遅いチーターもいる!」


吉川 「そうか。足の遅いチーターは大人にまで生きられそうにないけど」


藤村 「もっと抱かれたいというイメージで軽率に語っていいような存在ならいいんだよ。たとえばダッコちゃん人形とか」


吉川 「う、うん?」


藤村 「な? あいつなんか抱かれたいに決まってるんだから」


吉川 「抱かれる抱かれない以前の問題としてセンシティブな存在を持ち出さないで欲しい」


藤村 「なんで? ダッコちゃんは抱かれるためにあるんだろ?」


吉川 「そうだけど、さっきの差別がどうとか言ってた口はどこに行ったの? そこを素通りできるんだ?」


藤村 「何のことを言ってるのか全然わからない」


吉川 「嘘だろ!? そもそも今どきの若者はダッコちゃん人形を知らないぞ? なんで知らないかといえば、なんかいなくなっちゃったからだよ。そのいなくなっちゃった理由はダッコちゃん人形を知ってる人なら知ってるはずだろ?」


藤村 「はて?」


吉川 「はてじゃねえよ! そのアップデートとかを執拗に訴えてたやつが、よくその表情をできるな?」


藤村 「それだよ。そもそもの話として、お前が抱かれたいとか軽率に言い出すから悪いんだろ? 人を評価する言葉としては不適切なんだよ」


吉川 「俺は純粋にあの人の素晴らしさを称えたかっただけなんだよ! それをなんかゴチャゴチャ言ってきやがって」


藤村 「抱かれたい、なんて褒め言葉はもうこの時代では使えないんだよ! 何になろうと成立しないの!」


吉川 「そんなことないだろ! もし俺が夢と希望だったらあの人に抱かれたいよ!」


藤村 「詩的ー!」



暗転

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