藤村 「東京で右も左もわからない私のことを笹咲は親身になって助けてくれまして」


吉川 「そうですか」


藤村 「今の私があるのは、間違いなくあの方のおかげです」


吉川 「さしづめ笹咲さんは、藤村さんの東京のお父さんといったところでしょうか」


藤村 「いいえ。血縁関係はありません」


吉川 「あ、はい。そうですね。たとえとして。東京でね、親身になってくれて。まるで父親のようにという意味で東京のお父さんかなぁって」


藤村 「強いて言うなら、東京の他人ですね」


吉川 「東京の他人って。他人は別に地域を限定しなくても全員他人ですから。大切な人ではあるんですよね?」


藤村 「もちろん。笹咲さんは大恩人です」


吉川 「ですよね。まるで親子のようにも見えるので」


藤村 「そんな人じゃありません」


吉川 「いえ、あくまでたとえとして」


藤村 「父親っていうのは暴力を振るったする人じゃないですか」


吉川 「違いますよ? 確かにそういう人もいるかも知れませんが、それはむしろ父親失格の方です」


藤村 「働かずに酒ばかり飲んで、人の大事なものを勝手に売って。そういう人のことを父親と言うんでしょ?」


吉川 「違いますね。ちょっと偏見があるかな。藤村さんのお父さんはそうだったかもしれませんが。世間一般で言う父親というのはそういった感じではないはずです」


藤村 「だったら逆に何をすれば父親なんですか?」


吉川 「なにをすればってわけではないですけど、例えばその大きな意味で愛を注いでくれるような」


藤村 「ははは。なんでやねん!」


吉川 「え。冗談じゃなくて。そ、そういうものだと思いますよ。なんか怖いな」


藤村 「すみません。ちょっと何言ってるのかよくわからなくて」


吉川 「よくわからないですか? 割と普遍的なことを言ってるつもりですが。よっぽど凄惨な子供時代があったみたい」


藤村 「少なくとも笹咲さんは東京の父親ではないですね。じゃあ逆に聞きますけど、あなたは私の東京何ですか?」


吉川 「え? 私!?」


藤村 「あなたは東京の何なのですか?」


吉川 「いや、なんでもないですけど」


藤村 「他人てことですか? 東京の他人?」


吉川 「ま、まぁ全員東京の他人ですけど。仕事関係の人間ということですかね」


藤村 「東京の仕事関係の人。これから人に紹介する時はそう言えばいいんですね?」


吉川 「別に東京のはつけなくていいんじゃないですかね?」


藤村 「あなたが最初に言い出したんでしょ? 東京の父親とか」


吉川 「いえ。人は誰でも東京の二つ名がつくわけじゃなくて。父親とかそういうものに対して付く感じですかね」


藤村 「じゃ、あなたは東京の仕事関係の人じゃないんだ? どこがいいですか? 北朝鮮の仕事関係の人でいいですか?」


吉川 「ダメです。北朝鮮関係ないし。なんか不必要な疑いを招くじゃないですか」


藤村 「西成の仕事関係の人でいいですか?」


吉川 「待ってください。なんか、ダメって否定するのも難しいようなことを言わないでください。勝手に地名をレペゼンしないで! 私は普通の仕事関係の人でいいですから」


藤村 「だったら私の恩人も勝手に地名とかつけないでくださいよ」


吉川 「そういうことじゃなくて。東京の父親って言い方、そんなにおかしいですか?」


藤村 「あれ? ひょっとして私勘違いしてました?」


吉川 「もしかしたらそうかもしれません」


藤村 「つまりイザナギ、イザナミみたいな?」


吉川 「いや、別に東京生んだわけじゃないんです。そんな国生みしないでしょ。東京を」


藤村 「その話はよくわからないんですけど、とにかく今の私があるのは笹咲さんのおかげです」


吉川 「はい。そしてそういう経験を経てついに大ヒットを生まれたという」


藤村 「そうですね。確かに幼い頃はあまり恵まれていたとは言えないですけど、それだけに切実にこういうものが欲しかったんです」


吉川 「なるほど」


藤村 「言ってみれば発明の母ですね。あ、東京の父ってそういう?」


吉川 「違います」



暗転

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