降霊

藤村 「そして繰り返しになりますが、くれぐれも降霊中は手を触れたりしないでください。ほんの少しのショックでも一大事になります」


吉川 「わかりました」


藤村 「では、参ります」


吉川 「はい」


藤村 「ううう……」


吉川 「……」


藤村 「……はっ!? こ、ここは一体? ひょっとして現世!?」


吉川 「お、お母さん!?」


藤村 「ぎゃー! 現世! 戻ったぁ! 空気があるぅうう! スーハースーハー! 肺! 肺が動いてる! この世だわ!」


吉川 「あの、お母さん?」


藤村 「あわわわ! 現世! 現世! うわわあああ!」


吉川 「あの、ちょっと落ち着いて!」


藤村 「あ……っ!」


吉川 「あれ? お母さん?」


藤村 「あの、すみません。触りました?」


吉川 「いや、触ったっていうか。ちょっとだけ肩に触れたというか」


藤村 「吉川さん。言ったじゃないですか? ほんの少しのショックでも降霊は失敗してしまうんです」


吉川 「でもあの、なんていうか。あれはお母さんじゃないですよね?」


藤村 「間違いなくあなたのお母さんだと思いますよ?」


吉川 「だってなんかおかしかったし」


藤村 「だいたいみんなそうなります。そりゃあの世で暮らしていたのが突然この世に呼ばれるんですから。普通じゃいられないですよ」


吉川 「みんなああなるんですか?」


藤村 「なります。むしろそんな状況で冷静にいられる人なんています?」


吉川 「その状況を想像したことなかったから」


藤村 「それでも親子ならなんらかの絆があるかもしれませんね。もう一度試みます」


吉川 「よろしくお願いします」


藤村 「ううう……」


吉川 「……」


藤村 「……ぎゃわー! なに!? 戻ったと思ったら帰ってきて! やっぱり戻ったあ!」


吉川 「お母さん!」


藤村 「なんか変な匂いがするぅ! ちょっと旅行に行って帰ってきたら家の匂いに慣れてなくて変な匂いがするのと同じ感じ!」


吉川 「お母さん、ボクです!」


藤村 「ちょっと待って! 現世! もうやれることやらなきゃ。あぁ、まずどうしよう。手持ちがない!」


吉川 「お母さん、ちょっといいかな」


藤村 「うるさい! いまそれどころじゃないから!」


吉川 「いや、落ち着いてよ」


藤村 「落ち着いてなんていられますか! あぁ、この世に戻れるだなんて考えても見なかった。あとどれくらいいられるの? 帰りたくない! あんなところに!」


吉川 「お母さん! いいかな? ちょっと相談があるんだけど」


藤村 「ダメ。あとにして!」


吉川 「あとって! そのために呼んでもらったのに」


藤村 「あぁ! 足に穴が空いてない! もう針山は嫌だぁ~」


吉川 「え、お母さん。地獄にいたの? なにをやったの!?」


藤村 「あ……」


吉川 「しまった」


藤村 「……触りました?」


吉川 「だってあの状況じゃ。全然話を聞いてくれないし」


藤村 「吉川さん。降霊を中断させるのは非常に危険な行為なんですよ? どうして言いつけを守れないんですか?」


吉川 「すみません。でも地獄にいるっぽいし」


藤村 「そういうこともあるでしょう。生前の行いによっては」


吉川 「いや、うちのお母さんはそういうタイプじゃなかったし」


藤村 「家族といえど言えない秘密くらいありますよ」


吉川 「あれ本当にお母さんですか?」


藤村 「あのですね、それを確かめられるのはあなただけなんですよ。なのに勝手に中断して」


吉川 「すみません。もう一度いいですか?」


藤村 「最後ですからね? ……うぅう」


吉川 「……」


藤村 「痛いぃ! もう針山の痛さは麻痺してたのに、一瞬戻ったせいで新鮮な気持ちで痛いぃ!」


吉川 「お母さん! ボクです! なんで地獄なんかに」


藤村 「わかったから、あとにして!」


吉川 「あとはないんだよ! 話を聞いて!」


藤村 「やだ! もう戻りたくない!」


吉川 「なんで。ずっと針山地獄にいるの? なにをしたの!?」


藤村 「知らない! でもずっと。一生! というか死んでるからもう一生後!」


吉川 「安らかに暮らしてると思ってたのに。そんな思いをしてるだなんて」


藤村 「あぁ! 戻りたくないいい! 針山はもうコリゴリ~!」


吉川 「なんか頑張り次第で放免になったりしないの?」


藤村 「しない! ずっと!」


吉川 「でも心がけとかでチャンスがあるんじゃ?」


藤村 「試験もなんにもない!」


吉川 「ゲゲゲ!」



暗転

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