夢で

藤村 「昨日見た夢の中でさ」


吉川 「夢の話?」


藤村 「そう。夢でね、お弁当を頼んだんだけど、カレーライス。運んでる時に俺のカレーがこぼれて下にあるお前の弁当にかかってたのね」


吉川 「うん」


藤村 「で、お前はカレーがかかった弁当を見て大層しょぼくれててさ。なんかゴメンねって謝ったんだけど、俺は俺でカレーはこぼれてなくなってるし、そもそも俺のせいじゃないし、謝ったの釈然としないなって起きてから思ってさ」


吉川 「うん」


藤村 「どうしてくれる?」


吉川 「ん? なにが?」


藤村 「釈然としないでしょ」


吉川 「そうなんだ?」


藤村 「だって、言ってみれば俺も被害者なわけじゃん? でもお前が過剰に被害者ぶるから、勢いで謝っちゃったけど」


吉川 「なに? ちょっと待って。それで俺にどうかしろって言ってるの?」


藤村 「釈然としないんだよ」


吉川 「いや、俺は知らないよ! お前の夢の中の話だろ?」


藤村 「はいはい。そう来ると思った。悪いけどそのカウンターは織り込み済みですわ。確かに起こった出来事は夢の中です。つまり、すべて架空の物語であるわけです。ただどうでしょう? この俺が抱えた釈然としない気持ち。これは現実じゃないですか?」


吉川 「なんだよ、口調も気持ち悪くなってる。意味もわからない」


藤村 「言ってみればさ、お前は実際にしょぼくれたわけじゃないだろ? 起きた時にしょぼくれてたか?」


吉川 「俺はその夢見てないから」


藤村 「はい、つまりそういうことです。お前はノーダメージなのに、俺だけ全部引き受けちゃってるわけよ」


吉川 「それはだって、お前の夢だからだろ」


藤村 「誰のとかそういう問題じゃないだろ。俺はお前の気持ちを考えて謝ったんだよ? 世の中ってのはそういうものだろ? 自分一人がよければそれでいいって考えたら社会なんて成り立たないんだよ」


吉川 「おいおい、社会の成り立ちを持ち込んだ? 夢で見たっていうしょうもない因縁に対して?」


藤村 「こういうのってお互い様だから。じゃあ逆に聞くけど、お前があれほどしょんぼりしてたのに俺は謝らなかったよって聞いたらどう思う?」


吉川 「どうとも。ふぅんって思うよ」


藤村 「そんなわけないだろ。俺とお前の中だぞ? 気に掛けるに決まってるだろ! むしろ俺がそこで無視したらお前としては、あれ? なにかあったのかなって気になるだろ?」


吉川 「あのさ、全部夢の中の話だよな? 夢の中でお前がとった行動を夢の中で俺がどう思うかの話をしてるの? なにそれ? なんでそんな話に付き合わなきゃいけないの?」


藤村 「今お前のその突き放すような態度で傷ついたのは、紛れもない現実のオレの心だよ!」


吉川 「知らねえよ! お前の傷つきばっかり主張しやがって! 俺のわけのわからない因縁をつけられて生じてる、この現実の困惑はどうしてくれるんだよ?」


藤村 「そっか。その思いには至らなかった」


吉川 「至れよ! 自分ばっかり言いやがって」


藤村 「それに関しては必ず、夢の中で謝罪させてもらう」


吉川 「なんで夢なんだよ! 今すればいいだろ」


藤村 「まだほら、お前から受けた釈然がとれてないから」


吉川 「お前の夢の中でどうこうされても、俺には影響ないだろ!」


藤村 「ちゃんと報告はするよ。夢の中で謝罪したぞって」


吉川 「だからお前の夢! 勝手に見てるお前の夢! 俺はそのフィードバックがないんだよ!」


藤村 「じゃあ聞くけど、お前が昨日見た夢は何だったんだよ?」


吉川 「昨日? えーと、あれだわ。エレベーターが落ちる夢」


藤村 「まじかよ!? 大丈夫だったの?」


吉川 「大丈夫っていうか、夢だから。起きたし」


藤村 「忘れるな? 今この俺がしてる心配は現実のものだぞ?」


吉川 「恩着せがましいな! しなくていいよ。夢の中のことを!」


藤村 「ただちょっと待てよ? 思ったんだけどさ」


吉川 「なんだよ!?」


藤村 「そのせいでカレーがこぼれたんじゃない?」



暗転

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