妖怪

藤村 「妖怪っていうのはさ、人々の生活において発生する不安に対して、擬キャラクター化して名前をつけることにより、自分ひとりじゃないんだって安心できるシステムだったりするんだよ」


吉川 「へぇ」


藤村 「もちろんそればっかりじゃないんだけど。たとえば気象による自然現象で普段は起きるはずのない事が起きる、音が鳴ったり、光や影が何かを象ったり。科学的な前提知識がない人にとっては、それは不思議で怖いものだろ」


吉川 「まぁ、気味が悪いかな」


藤村 「だからそれをキャラクター化して名前をつける。そうすれば人々の間で物語として共有できる。あれを聞いたのって自分だけじゃなかったんだ。私も聞いたことがある。と、不安をシェアすることによって和らげることができる」


吉川 「なるほど」


藤村 「だから地方である必要もないし、過去である必要もない。古い習俗と決めつけなくていい。現代だって妖怪なんていくらでも作れる」


吉川 「う~ん、そこがよくわからないな。唐突に妖怪って言われても」


藤村 「例えばだな、出かける時に鍵をかけたかどうか不安になることあるよな?」


吉川 「ある。割とある」


藤村 「それも鍵をかけた記憶だけ奪い去っていく、妖怪鍵穴小僧みたいなものとしてキャラクター化すれば、自分だけじゃないんだって共有できるだろ?」


吉川 「なるほど。あるあるってこと?」


藤村 「それに近いな。尤も今のは不安と言ってもライトな部類だけど、やっぱり山とか海とか、人間の力ではどうあがいても敵わないような自然の脅威に対してだと恐ろしい妖怪として注意喚起もできる」


吉川 「そっか、あるあるなのか」


藤村 「だから例えば、コートの下を全裸で徘徊したいと思った時に限って、意外と風が冷たくって風邪を引いてしまうという、これも言ってみればあるあるだけど」


吉川 「ないよ?」


藤村 「なぜ風邪を引いてしまうのかって昔から不思議に思われてたと思うんだよ。だけどこれも……」


吉川 「ないよ? 聞けよ! そんなことはないよ?」


藤村 「そりゃ、ない人もいるよ。鍵を締めたか不安にならない人もいるし」


吉川 「それとは違うだろ。なんだよその、コートの下を全裸でって。なんでそんなことするの?」


藤村 「もちろん背徳感で気持ちよくなるためだけど、夏場は不審がられるからどうしてもコートという特性上気温の低い時にやりがちだろ?」


吉川 「がちじゃないよ? そんなことをする人は滅多にいない」


藤村 「だから個別に否定されても、その人にとってはそうなのかもなって話になっちゃうから。今は広く世間で知られている現象に対して言ってるだけで」


吉川 「知られてないよ? どの世界線で言ってるの? そんな奇天烈な世間はないよ?」


藤村 「もうそこで引っかかっちゃうと話が進まないんだよな。あくまで一例でしかないんだからさ」


吉川 「あくまで一例が特殊すぎて飲み込めないんだよ」


藤村 「じゃあしょうがないな。今のは忘れて。例えばさ、うんこ我慢選手権をしている時に限って……」


吉川 「しないよ? なにそれ? 選手なんていないだろ」


藤村 「それは失礼だろ。厳しい戦いを制してきた選りすぐりのうんこ我慢師たちに対して」


吉川 「ないし、それを一般的だと思ってるお前の感性も異常だよ?」


藤村 「違う、今は妖怪の話をしているわけだから。あくまでうんこ我慢選手権はよくある話として」


吉川 「よくないよ! 誰が参加するんだよ、そんな地獄みたいな大会に」


藤村 「そうやって自分の知らない世界の話はありもしないと否定する。そういう人たちによって妖怪などの伝承は神格化されていくんだよ」


吉川 「されるわけないだろ! どこで開催されてるんだよ、その最低の催しは!?」


藤村 「逆逆! 催さない選手権なんだよ」


吉川 「話をややこしくするなよ!」



暗転

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