効果音

藤村 「ですから、そもそも宇宙空間には空気がないので音は伝播しないんですよ」


吉川 「それはわかってるよ」


藤村 「でも映画の演出上、まったく音がなくては迫力がない。だからそこは、あくまでフィクションとして効果音を付け足してるんです」


吉川 「わかるよ? あくまで映画の嘘としてね」


藤村 「スター・ウォーズのジョージ・ルーカスも『俺の宇宙は音がする』と言ってますよ。そもそも珍奇な宇宙人が出てきてコミュニケーションできる時点でおかしいじゃないですか? でもその嘘は飲み込めるわけでしょ? なんで宇宙で音がすることに対してだけ文句を言うのか」


吉川 「違うんですよ。宇宙で音がすることに対して文句を言ってるんじゃないんです」


藤村 「言ってるでしょ! いいじゃないですか。宇宙船とステーションがドッキングする時に音がしても。しなければきちんとドッキングが成功したって観客がピンとこないでしょ?」


吉川 「音はいいんです! ただその音の種類がですね」


藤村 「何がおかしいんですか?」


吉川 「チュパって鳴るじゃないですか?」


藤村 「それのどこが?」


吉川 「おかしくないですか? チュパってドッキングします? 材質は硬いものでしょ?」


藤村 「メタルですね。作中では言及されてないですけど、地球上にはない物質との合金ですから」


吉川 「それが合体する時にチュパって鳴るの?」


藤村 「存在しない合金なんですよ? どんな音がなるかも想像するしかないんです。そうやって作るのが映画なんですよ」


吉川 「いや、でもさ。チュパって鳴るかね? なんか水っぽいし」


藤村 「チュパって鳴らないと断言できるんですか? ない素材なのに」


吉川 「断言はできないけど」


藤村 「だったらチュパっていう可能性だって大いにあるわけでしょ!」


吉川 「可能性としてあったとしても、客観的にさ。チュパって鳴らなそうじゃん」


藤村 「いいですか? 演出というのは常に観客の想像を上回らなければならないんですよ。思った通りの展開をただ見させられても退屈でしょ」


吉川 「ここは裏切るポイントじゃなくない? チュパって鳴ったことに対して『うむ、そうきたか』みたいな心構えの観客いる?」


藤村 「いないって断言できるんですか?」


吉川 「断言を求めないでくれる? たとえいたとしても全体からしたら割合は無視できるくらい少ないでしょ」


藤村 「私はね、そういうわかってる人に対して届く映画を作りたいんだよ!」


吉川 「わかってる人? そのポイント抑えてる人がわかってる人なの? ドッキングのチュパ音で唸る人が?」


藤村 「創作者は孤独なものですよ。誰も助けてくれない正解のない迷宮の中で歩み続けなければいけない。その中での希望はきっと自分の思いを受け止めてくれる人がいるということなんです!」


吉川 「言い方は格好いい! 言い方だけは格好いいけども! その判定をチュパっでするの?」


藤村 「やっぱダメですかね?」


吉川 「意外と弱気! 覆るんだ、そこはあっさりと」


藤村 「ちょっと発想がピーキーすぎるかなという自覚はありました」


吉川 「うん。やっぱり一般のお客さんに刺さる表現のほうがいいと思いますよ」


藤村 「一応第二案があるんですけど、これ」


吉川 「……ニュプッて鳴ってるね」


藤村 「あとはないですね」


吉川 「なくはないだろ!」


藤村 「一番やりたくないんですが、今までの映画で使われていたような効果音入れてみますか?」


吉川 「いいんですよ、それで。ここは演出上尖ってなくていいところだから。ストーリーや構成で他と差異をつければいいだけなんで」


藤村 「これなんですけど」


吉川 「……ん? 花火の音? なんで? ドッキングでしょ?」


藤村 「これ、釣りバカ日誌で使われてたんですが」



暗転

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