導入

藤村 「漫才の導入で、コンビニの店員になりたいからちょっと一緒にやってくれる? ってのあるじゃん?」


吉川 「見たことはある」


藤村 「あれをやりたいから一緒にやってくれない?」


吉川 「複雑な構造の頼み事だな。やってくれない? っていうのをやって欲しいの?」


藤村 「そう。やってくれないって言いたい」


吉川 「いや、でも漫才なんてしたことないし」


藤村 「違うんだよ。漫才なんてしなくていい」


吉川 「だって漫才の導入のアレなんだろ? やってくれないっての」


藤村 「そう。導入だけ」


吉川 「でもその導入は同時に漫才の導入なわけじゃん? やってくれない? から、漫才がもう始まってるわけでしょ?」


藤村 「導入だけしたいんだよ。その後のことなんて何も考えてない。後先考えずに導入だけしたい」


吉川 「そういうとろくでもない提案にしか聞こえないんだけど。でも漫才でしょぉ?」


藤村 「だから、漫才はしなくていいんだって。キャッチボールをしようぜって誘ってるのに『野球を9回まできちんとやりたくないなぁ』って言ってるのと一緒だよ」


吉川 「それはそうか。だけでいいのね?」


藤村 「リフティングしようって言ってる人に『サッカーで前半後半合わせて180分ピッチをかけ回りたくない』っていうのと一緒だから」


吉川 「わかったよ。もういいよ、俺のこだわりが間違ってた」


藤村 「エメラルドフロウジョンを決めてるだけの人に『ちゃんとカウント3まで取りたくない』っていうのと一緒だから」


吉川 「それはカウント取ったほうが良くない? エメラルドフロウジョンを決めたんだろ? カジュアルに決めていい技じゃないよ? そんな大技繰り出したならもうカウントくらいはしろよ」


藤村 「は? キャッチボールだって本気でやったらかなり大変なんだぞ?」


吉川 「もう何の話になってるんだよ。別にその例に対して丁寧な取り扱いをしなくていいんだよ!」


藤村 「じゃあやってくれる?」


吉川 「やるよ。漫才までは無理だけど」


藤村 「あのさ、俺前から漫才の導入をやりたいと思ってたんだよね」


吉川 「……いや、違うだろ! それは今やったやつだから。一個上のメタな構造だから!」


藤村 「あ、違うわ。なんだっけ?」


吉川 「コンビニの店員だろ?」


藤村 「そうだった。そのコンビニの店員になりたいんだよ、前々から」


吉川 「なりたくないだろ! 前々から思ってたやつが何だっけってなる?」


藤村 「今のは急だったから。まだ履歴書も書けてないし」


吉川 「急でもないだろ。お前のタイミングでやってるんだから」


藤村 「そんな厳しい言い方しなくてもよくない? 漫才するわけでもないのにさ。こっちはただ楽しくコンビニの店員になりたい気持ちだけ味わいたいだけなのに」


吉川 「それは何なんだよ? 何をどう味わいたいんだよ?」


藤村 「人の夢をいちいち否定するなよ!」


吉川 「してないよ! 夢の部分を否定はしてない。夢なの? 本気でコンビニの店員になりたいの?」


藤村 「全然?」


吉川 「だよな! じゃあ夢を否定するなとか言わないでくれる? してないし」


藤村 「お前が導入すら満足にさせてくれないからだろ!」


吉川 「俺のせいか? 今のところ思い当たる節がなにもないけど、本当に俺のせいなのか?」


藤村 「正直そんな風な感じなら方向性が違うかもしれないな。俺たち終わりかも」


吉川 「なんの!? 方向性も何も、どこも目指してないよ」


藤村 「俺だってさ! 本当はコンビニの店員なんてなりたくなかったよ!」


吉川 「じゃあやらなくてよくない? 何のために何をしてるの、今俺達は」


藤村 「ただお前と楽しい思い出が作りたかっただけなのに!」


吉川 「……それはゴメン」


藤村 「だったら最後に、漫才の『いい加減にしろ、ありがとうございました』をやりたい」


吉川 「最後のやつだけ? そこだけ?」


藤村 「途中は何も考えつかないから。やった感だけ味わいたい」


吉川 「まぁ、いいよ」


藤村 「いい加減にしろ!」


吉川 「ありがとうございました」


藤村 「いいよ、気にすんな」


吉川 「そこで日常に戻られると釈然としないんだが!?」



暗転


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