ロマンチック


吉川 「なんとか言ったらどうなんだ?」


藤村 「なぁ、まずは名乗れよ」


吉川 「あん? そんなの勝手だろ」


藤村 「あのな、礼儀ってものがあるだろ? 挨拶もなしにイチャモンつけてきてさ。そんなんキスもしてないのに泊まりの旅行に誘うようなもんだぞ?」


吉川 「吉川だけど?」


藤村 「あのな、吉川さん。そうやって喧嘩腰に言われたらまとまる話もまとまらなくなるだろ。強引にキスしてその気にさせておいて、いつもどおりの関係でいようって言われてるようなもんだぞ」


吉川 「だったら早く対応しろって言ってるんだよ!」


藤村 「やらないとは言ってないだろ? ただこっちにも状況があるんだから。さっきまで一緒にいたのに、ちょっと離れただけで寂しくなってすぐにでも会いたくなっちゃう付き合いたての恋じゃないんだぞ!」


吉川 「んん? 状況って言ってもさっきから何一つやってないじゃん!」


藤村 「わかってねえな! 手を動かすことだけが仕事じゃないんだよ! 考えないといけないし、整理もしなきゃいけない。その全てが仕事なんだよ。別に会ってなくたってお互いが思っているその時間こそが恋なのとと一緒だろうが!」


吉川 「なんだよ。なんかさっきからたとえが気持ち悪いな」


藤村 「あんたがそうやってヤイヤイ言うからその仕事も進まないんだよ。こっちの仕事のことなんてなんにもわかってないくせによく口だけ出せるな。そのくせ大事なことは言わないでさ、いっつもこっちばっかり色々考えちゃってまるで独り相撲。こんなに苦しいなら好きにさせないで欲しかった」


吉川 「な、何の話!? なんか急に話変わってない?」


藤村 「吉川さん、こっちは仕事として順番通りにやらなきゃならないんだよ。わかるか? あんたみたいにでかい声を出す人間を優先してたら真面目に待ってる人に申し訳ないだろ!? 全員文句言うやつばっかりになる。そんな感情を優先してたらいつか自分が辛くなるだけなんだから! この世には好きになっちゃいけない人だっているし、同じタイミングで違う人と恋に落ちることだってあるよ! でもそこはグッと踏みとどまらなきゃいつまでも恋の執行猶予は解けないだろうが!」


吉川 「なに!? なんだよ、恋の執行猶予って。意味がわからない。前半はかろうじてわかっても、なんかたとえパートに来た瞬間にロマンチックに全部薙ぎ払われる」


藤村 「だいたいこっちだって多くの人が喜ぶ顔が見たくてこの仕事してるのに、実際に来るのはあんたみたいに無礼で文句ばっかり言ってくるやつばっかり。毎日毎日嫌になるんだよ! こっちのそういう気持ち考えたことあるのか? 逆に毎日愛してるって言うけど、そんな気持ちのこもってない言葉ばっかり言う人より、ちょっとしたことに気づいてくれる人のことばっかり考えちゃうのなんでなんだろ?」


吉川 「知らねーよ。知らないし怖いよ。どうしたんだよ。途中で情緒が著しく不安定になるの何だよ。愛とか恋とかを経由せずにやり取りしてくれよ」


藤村 「しょうがねえからやるけどよ! こっちはこっちで誇りを持って仕事したいんだよ! こんな腐った気分にさせるなよ。いつだって心は揺らめいちゃうけど……」


吉川 「待って待って! 揺らめくなよ。そこからおかしくなるだろ! いいんだよ、仕事をやってくれれば。なんで揺らめこうとしてるんだよ」


藤村 「わかってくれたなら黙って待っててくれるか。そう、ずっと一緒にいたのにそんな気持ちだったなんて気づかなかった。でもそれが無駄な時間だなんて全然思わない。だってその瞬間から世界は……」


吉川 「わかったよ。待ってるよ。なんだよ、世界の事をどうにかしないでくれよ。黙って待ってるから」


藤村 「いいや、この際だからちゃんと言わせてもらうがな! 恋の快速列車は途中下車お断りなんだよ!」


吉川 「おいおい、もうロマンチックが止まらないな!」



暗転

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