お見舞い

藤村 「本日は息子のお見舞いに来てくれてどうもありがとうございました」


吉川 「あぁ、はい」


藤村 「本当にお忙しい中、わざわざ足を運んでいただいて」


吉川 「いや、別にそれはいいんですけどね」


藤村 「息子は大変な怪我で落ち込んでまして。もう毎日暗い顔して過ごしてたんですが、今日はいつもと全然違う表情で」


吉川 「そんな感じでしたね」


藤村 「それもこれも吉川選手のおかげで」


吉川 「……そうかな?」


藤村 「そうですよ。本当にありがとうございました」


吉川 「でも俺のファンじゃなかったよね?」


藤村 「確かにそうかも知れませんけど、そういう細かいところは別に気にされなくても」


吉川 「いや、そこでしょ!? 俺の大ファンだっていうからお見舞いに来たんだけど。すごい空気になってたじゃん」


藤村 「でも吉川選手とジャンルは一緒なんで」


吉川 「同じレスラーだけど。笹咲のファンなんでしょ、息子さん」


藤村 「みたいです」


吉川 「みたいです、じゃないよ! じゃあなんで俺に声をかけたの!? 俺はてっきり」


藤村 「でも笹咲って、悪役じゃないですか」


吉川 「そうだよ。プロレスの世界ではヒールだよ」


藤村 「ねぇ? あんな危ないの息子に会わせられます?」


吉川 「そう言ったらアレだけど。言えばちゃんとやるよ。悪役レスラーでも」


藤村 「まさか。あんな怖い顔してるのに?」


吉川 「あんな怖い顔してるけど、気はいいやつなんで」


藤村 「吉川選手だって結構ひどい目にあってるじゃないですか。あいつ凶器も使うし」


吉川 「まぁそれは、全部含めて仕事だから。個人的な恨みとかでやってるわけじゃないから」


藤村 「いやぁ、あれは裏では相当ひどいことしてますよ。そういう顔してる」


吉川 「してないよ。あくまで悪人なのはリングの上だけ」


藤村 「インタビューでも怖かったですよ?」


吉川 「それを含めてプロレスなんだよ」


藤村 「吉川選手にそんなこと言って欲しくないな。吉川選手はいい方でしょ?」


吉川 「まぁ、そうですよ。ベビーフェイスだからね。でもそれは笹咲みたいなヒールをやってくれるレスラーとの対比だから。あなたちょっと純粋すぎるな」


藤村 「息子もあんなにキレ散らかすとは」


吉川 「しょうがないよ。笹咲のファンなら俺は嫌いでしょ。なんで俺を呼んだの?」


藤村 「笹咲なんてのに息子が何かされたらどうするんですか?」


吉川 「そうやって信じてくれるのはレスラー冥利に尽きるけども。現実で悪人じゃないから」


藤村 「あんな顔がカラフルなのに?」


吉川 「メイクだから。顔がカラフルな人全員悪人と思ってる?」


藤村 「はい」


吉川 「純粋だな。それは嬉しいんだけど。でも息子さんが会いたがってたの笹咲なんだよね?」


藤村 「そうです。でも親としてはあんなのと会わせるわけには」


吉川 「親心もわからなくはないよ。でもさぁ」


藤村 「普通は吉川選手の方がいいじゃないですか?」


吉川 「そう言ってくれるのはありがたい。本当に嬉しいけど。笹咲のファンの前に出されたら俺もどうしていいのか」


藤村 「やっぱり敵のファンの息子をぶち殺したくなりました?」


吉川 「ならないよ。そういう感情でやってないから」


藤村 「でも息子はぶっ殺したかったそうです」


吉川 「言われたよ。普通さ、お見舞いに来てその相手から殺害予告受ける?」


藤村 「そういうのも仕事のうちなんですね」


吉川 「違うよ。こんな気まずい経験はうちに入ってないから。普通に気分悪かったもん」


藤村 「そんなそんな。笹咲だったらそういうかも知れないけど、吉川選手なら」


吉川 「別に俺だって聖人じゃないから。普通のプロレスラーだから」


藤村 「でも笹咲は人を殺したりしてるんでしょ? クスリやったり。バレないように」


吉川 「そんなわけないだろ。法治国家なんだよ。大麻じゃなくてハーブ育ててるよ」


藤村 「でも息子が変な影響受けたら困りますし。あんなろくでもないやつ殺してほしいです」


吉川 「もう結構受けてると思うよ? あなたのその純粋さが逆に邪魔だなぁ。あいつに見舞いに来るように言っておきますよ」


藤村 「じゃあ、病院送りにしてやってください」



暗転

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