見て見ぬ

医者 「今日はどういたしました?」


吉川 「なんて言ったらいいか。どうも幻覚が見えるようなんです」


医者 「幻覚が。それはお困りでしょう。一体どういったものが見えるのですか?」


吉川 「派手な服装の露出の高い男性が」


医者 「派手な服の男性ね。吉川さん、あなた受診する病院を間違えてますね」


吉川 「そうなんですか? もう症状がわかったんでしょうか」


医者 「ええ。あなたが受診するのは、ここ神経科ではなく眼科で見てもらったほうがいいですね」


吉川 「一体私の症状はなんなんですか? ずっと消えないんですよ」


医者 「そりゃ、消えたりはしないでしょうね」


吉川 「それが眼科で? 幻覚もですか?」


医者 「何言ってるんですか、幻覚じゃないですよ」


吉川 「幻覚じゃない!? どういうことですか?」


医者 「男性は確かにいます。ただ、派手な服ではなく全身タトゥです。裸です」


吉川 「え、いるの?」


医者 「いますよ?」


吉川 「なんでそんな冷静でいられるんですか? 裸のおじさんがいるのに」


医者 「ちょっと怖いんで見て見ぬ振りをしてるだけです」


吉川 「見て見ぬ振りを! できるもの? 存在する裸のおじさんに対して」


医者 「あなたひょっとして……」


吉川 「なんですか?」


医者 「はじめから裸だとわかってました?」


吉川 「……はい」


医者 「ではちゃんと見えてたんですね。目の問題じゃなく」


吉川 「どうせ幻覚だろうからマイルドに表現しようと思いまして」


医者 「素っ裸ですね。しかもタトゥびっしり」


吉川 「ですよね。このおじさんは何なんですか?」


医者 「何言ってるんですか。あなたが連れてきたんでしょ?」


吉川 「連れてきたつもりはなかったんですが。いるんですよね?」


医者 「逆になんでいないと思ってるんですか?」


吉川 「だってそんな。裸のおじさんが黙っているの、怖いじゃないですか」


医者 「はい」


吉川 「はい、って。普通こんな人が一緒に入ってきたら驚きません?」


医者 「下手にリアクションをするとなにかされるかも知れないんで」


吉川 「そりゃそうだけども。え? じゃあずっといたの? ここまで来る間も?」


医者 「いたでしょう、それは。テレポーテーション能力なんかあるようには見えないですし」


吉川 「だって誰も無反応だったよ? おかしくない?」


医者 「見て見ぬ振りをしたんでしょうね」


吉川 「そいつらもそいつらでおかしくないか? できるもの? 裸でタトゥびっしりのおじさんを」


医者 「そうやって自分ではなく周りの人がおかしいと思うのは、やっぱりメンタルに負荷がかかってるんでしょうね」


吉川 「え、急に俺の話になったの?」


医者 「そのために受診されたのでは?」


吉川 「いや、そうだけどさ。もうこうなったら話は違うじゃん」


医者 「まずはストレスの原因を取り除くことですが、やっぱりそれが一番難しいんですよね」


吉川 「待ってよ。俺のメンタルのやり繰りでこの状況をなんとかしようとしてる?」


医者 「それが私の仕事ですから」


吉川 「いやいやいや。おじさんでしょ! このおじさんが問題なんじゃないの?」


医者 「それを判断するのは医師である私であってあなたではないんですよ」


吉川 「嘘だろ。なんかついてくる異常者に対して、俺の判断は無力なの?」


医者 「まずは十分にお休みになってですね。睡眠はちゃんと取れてますか?」


吉川 「いよいよおじさん問題を無視して俺のカウンセリングに入ったな。眠れるわけ無いでしょ。おじさんが隣りにいるのに」


医者 「まずはなるべく朝起きて、きちんとした食事、あとできれば運動もして、楽しいことをやっていきましょう。あまり物事を気にしすぎないようにできればいいですね」


吉川 「ついにおじさん完全無視で診断下したな。俺がちょっとおかしい感じで」


医者 「おかしいわけではないです。現代では多くの方がご自身のメンタルの不調に気づかずに体調を崩していますから」


吉川 「おじさんはいないだろ! その多くの方には!」


医者 「お薬をお出ししますので次回は二週間後を目安にまた経過を見せてください」


吉川 「おじさんがちょっと薄汚れるだけだよ!」



暗転

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