冗談じゃ済まない

吉川 「ダッハッハ。冗談、冗談」


藤村 「どういうことでしょうか?」


吉川 「なに、つまらない冗談だよ」


藤村 「いいえ、冗談では済まされないと思いますが?」


吉川 「え?」


藤村 「聞こえませんでした? 今の発言は冗談では済まされないと言ったんです」


吉川 「いや、そんな。ただの冗談じゃないか」


藤村 「そうやって自分の失言を冗談としてすませられると思っていることこそ、問題なんです」


吉川 「そこまで思ってたわけじゃないが」


藤村 「いいえ。自分が相手より偉いから、たとえ相手が不快に思ってもパワーバランスでひねり潰せるという考えがあるからこそ、冗談などという言葉でごまかすことができるんですよね。これは立派なパワハラですよ」


吉川 「そんなつもりはなかったが、不快に思ったのなら申し訳ない」


藤村 「本当はそう思ってませんよね?」


吉川 「へ?」


藤村 「口では謝罪を述べ、とりあえずやり済ませようと考えてるだけですよね? 本当に冗談ではなかったとご自身で思われてますか?」


吉川 「自分では冗談だと思ってたから」


藤村 「ほら! やっぱり。自分の発言を心の底から反省して謝罪してるわけではないんですよ。その態度もやはり相手を見て適当に受け流してるだけです」


吉川 「本当にそんなつもりはなかったんだ」


藤村 「もう一度同じことを言えますか? 私の目を見て」


吉川 「……布団が吹っ飛んだ」


藤村 「ほら! それが冗談で済まされますか?」


吉川 「冗談だと思うんだけど」


藤村 「全く呆れた。そこまで自覚がないんですね」


吉川 「一般的にこれは冗談で済まされるんじゃないかと思うんだけど」


藤村 「たとえ一般的にはそうだとしても、相手の状況をみて不適切な発言というのはあるでしょ? 事故で入院してる人に『骨折り損だね』なんて言えますか?」


吉川 「それはそうだけど。布団だよ? キミ、布団が吹っ飛んだの?」


藤村 「そうですよ。おかげでこのザマです」


吉川 「どのザマ?」


藤村 「今までの人生で何度悔やんだことか! あの時、布団さえ吹っ飛ばなければこんなことにはならなかった!」


吉川 「そんな大きなターニングポイントがあったんだ」


藤村 「布団さえ吹っ飛ばなければ、今頃は大富豪になって美女を侍らせてウハウハだったのに!」


吉川 「それはそれで将来の見通しがチョロすぎないか? 布団のせいでそこまでなる?」


藤村 「だからあなたの発言にはいたく傷つきましたよ」


吉川 「そうとは知らずに、迂闊なことを言ってしまった」


藤村 「失言自体は仕方ありません。ただ、それを冗談で済ませようとしたことが許せないんです!」


吉川 「……冗談だと思ったんで」


藤村 「どこが冗談なんですか!?」


吉川 「いや、キミの境遇はわからないけど、『布団が吹っ飛んだ』を冗談だと思うことはおかしいことかね? 普通に考えて」


藤村 「普通、吹っ飛ばないでしょ? 布団は!?」


吉川 「そうなんだよ。キミの言うとおりだけども。だからこそ冗談というか」


藤村 「だからこそ冗談。ではこうやって私が抗議をしていることも冗談だと? 人が苦しんでいることも冗談だと? 未だ戦争で亡くなってる人も冗談だと? 経済的に立ち行かなくなって最悪の選択をしてしまうようなことも冗談だと!?」


吉川 「重いなぁ。そんなシリアスを背負わせるかね? そういうのは思ってないけど。そこまで許されない冗談を言っちゃったかね」


藤村 「人によってはそういうこともあるんです。だからこそ自分の発言には責任を持たなきゃいけない。たとえつまらない冗談でも人を貫く刃になるんです」


吉川 「そう言われると、無責任な発言だったとは思う」


藤村 「これに懲りたら、二度とつまらない冗談などでお茶を濁すようなことはないように」


吉川 「わかった。すまなかった」


藤村 「本当ですよ。スマンじゃ済まんない。なんつって!」


吉川 「おい、待てよ!」



暗転

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る