苦言

吉川 「いつの間にか年もとって腰も痛くなってきたし」


藤村 「は? 何言ってるんだ。そんなことで大人になったつもりか?」


吉川 「まぁ、いい年だしね」


藤村 「考え方が甘いんだよ。大人ってのはただ年をとればなれるってものじゃない」


吉川 「自覚が必要ってことか」


藤村 「違う。苦言を呈するようになって人は大人になるんだよ」


吉川 「苦言を」


藤村 「ちょっと呈してみろ」


吉川 「えーと、こらこらキミたち。あんまり遅い時間まで出歩いたりしないで家に帰りなさい」


藤村 「なんだそれ?」


吉川 「深夜にコンビニの周りにいる若者たちに苦言を呈したんだけど」


藤村 「ここまで的はずれな苦言は初めて見た」


吉川 「そんなに?」


藤村 「なっちゃいないよ。そもそも相手のためを考えちゃってるだろ。苦言ってのはそういうのじゃないんだよ」


吉川 「そういうのじゃないの? じゃあなんで呈するの?」


藤村 「自分がいい気持ちになりたいからだよ。完全に自分の気持ちだけを考えた発言、それが苦言。そもそも本当にいいことを言ってどうする? 改善できないようなことに対して安全圏から言うのが苦言だ!」


吉川 「なるほど。それが苦言なのか」


藤村 「SNSを見てみろ。年取ったおじさんはみんな苦言を呈してるぞ」


吉川 「あー、なるほど。あれか」


藤村 「あれが苦言だよ。それを踏まえてもう一度呈してみろ」


吉川 「最近の税金の使い方は問題がある。もっと少子化対策などの力を入れるべきだ」


藤村 「おぉ! グッと良くなった! もう苦言と言ってもいい」


吉川 「本当? これで大人かな」


藤村 「ただちょっとだけアドバイスするとしたら『問題がある』よりも『疑問が残る』の方が苦言を呈してる。あと少子化対策という割とちゃんとしたこと言ってるから。もーっと身勝手な提言の方がいい」


吉川 「身勝手な」


藤村 「例えば、最近の税金の使い方には疑問が残る。酒税はもっと下げても良いのではないか? 半額のお惣菜とお酒だけを生きがいにしている人間もいるのだから。なんて」


吉川 「インターネットのおじさんだ!」


藤村 「な?」


吉川 「それが大人ってことか」


藤村 「まぁ、確かに政治は苦言としては最適なんだけど、逆にレッドオーシャンだから俺は避けるね」


吉川 「そっか。テーマもあるんだ」


藤村 「呈せそう?」


吉川 「うーん、最近のアイドルは判で押したような同じものばかりで全く区別がつかない。やはり個性を潰すような教育には疑問が残る」


藤村 「いいじゃん! もうそれはどこに出しても恥ずかしくない苦言だよ」


吉川 「言えたなぁ。自分でも覚醒した感じがある」


藤村 「あとこれはアドバイスと言うよりもテクニックの一つなんだけど」


吉川 「教えて! 今成長期だから」


藤村 「文末にちょっとした自意識のフォローがあるといい。例えば『私の考えが古いのでしょうか?』とか」


吉川 「あー、ついてる! おじさんの苦言にいつもあるやつだ!」


藤村 「これ、あるのとないのとは大違いだから。ないとツッコミが来るんだよ。『老害乙』みたいな。これが傷つくから」


吉川 「せっかく苦言を呈してあげてるおじさんを傷つけるなんて最低のやつもいるんだな」


藤村 「その自意識のフォローがあることによって、たとえツッコミたきたところで『それはもうわかってますが?』というマウントを取れるわけ」


吉川 「なるほど。お釈迦様の手のひらの上みたいな気持ちでドンと構えることができるんだな」


藤村 「苦言とダジャレ。これさえ操れるようになれば、もう完璧な大人と言ってもいい」


吉川 「挑戦しがいがあるな。ダジャレはまた難しそうだけど」


藤村 「いやいや、苦言に比べたら呈したことないよ」


吉川 「うっわ! プロじゃん!」


藤村 「な?」



暗転

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