刑事 「吉川さん、あなただったんですね」


吉川 「お見事です、刑事さん。よくここがわかりましたね」


刑事 「しかしなぜ?」


吉川 「私は後悔はしていません。あいつは多くの人を苦しめた。報いを受けるべきだったんだ。私がやらなくてもいずれ他の誰かが手を下したでしょう」


刑事 「いや、そうじゃなくて。なんでこんな場所に?」


吉川 「ここですか? 見てください。巌しい海、波がここまで上がってきそうだ。風と波に嫌な思いなんて全部洗い流されないか、そんなことを考えてしまいます」


刑事 「崖。危ないじゃないですか」


吉川 「そういえば、刑事ドラマでも犯人が自白をする時はこんな崖が多いですね。聞いてくれますか?」


刑事 「……」


吉川 「早くに親を亡くした私にとって、妹はかけがいのない家族だったんです。その妹をあいつはあんな目にあわせるだなんて。警察だって事故扱いで取り合ってくれなかった。だから私は独力で調べて証拠を見つけたんです。そのことを突きつけたらあいつはなんて言ったと思います? そんなやつの名前なんていちいち覚えてないって、そう言ったんですよ!」


刑事 「……」


吉川 「その時に決めました。私が手を下そう。法に裁かれることがないなら、私が裁いてやろうと。もちろんそれが犯罪なのもわかっていた。しかしこうでもしなければ……」


刑事 「……」


吉川 「刑事さん、聞いてます!?」


刑事 「あ、ごめん。ちょっと聞いてなかった」


吉川 「なんで!? え? 聞いてなかったの? そんなことある?」


刑事 「あの、崖。危ないって。ここじゃなきゃダメ?」


吉川 「ダメって、あなたが来たんでしょ」


刑事 「そりゃ、仕事だから。でも俺、高所恐怖症なんだよ。まじでもう無理。なんもわかんない」


吉川 「なんもわかんないの!? 結構な心の吐露をしたんだけど」


刑事 「全然それどころじゃない。なんか言ってるなとは思ったけど、頭に入ってこないから」


吉川 「そんなに? 高所恐怖症っていってもその辺りなら平気でしょ」


刑事 「平気じゃないよ。高所恐怖症なめんなよ?」


吉川 「別になめてないですけど。他に人いなかったんですか?」


刑事 「全員高所恐怖症だよ。警察なんて高所恐怖症で消防を諦めたやつが来るところなんだから」


吉川 「そんなわけないでしょ。正義のために警官を目指す人だって」


刑事 「正義の為なら自衛隊。でも自衛隊も高所恐怖症はダメだから。しょうがなく警察にみんな来るんだよ。そんな高所弱者の寄せ集めが警察なんだよ」


吉川 「高所弱者っていうレッテルひどいな。わかりました。でもしばらくこの景色を目に焼き付けてもいいですか?」


刑事 「もう無理。オエッてなる。あとおしっこ漏れそう」


吉川 「なにそれ。人の一世一代の場面をおしっこ漏れそうで台無しにしないで」


刑事 「じゃあしていい? ここで」


吉川 「ダメでしょ。なんかの違反なんじゃないですか、立ちションて」


刑事 「犯人を捕まえるためなら法を逸脱することもある昔ながらの刑事気質なんだよ」


吉川 「その法の逸脱は関係ない逸脱じゃん。捜査にちなんだ逸脱をしてくれよ」


刑事 「だってこの辺にある? トイレ。コンビニとかなかったよ?」


吉川 「ないですけど。まぁ、しょうがないか。その辺でしてきちゃってくださいよ」


刑事 「見ないでよ。あ、やっぱ見てて。怖い」


吉川 「子供か! 早くしなさいよ」


刑事 「あー、ダメだ。いざとなると全然出ない。なんかすごい縮こまってる。ストローの袋をギュってやったみたいになってる。あの水を垂らすとウネウネ~って広がるやつ」


吉川 「説明しなくていいんだよ。もうわかった。行きますよ。警察、連れてってください」


刑事 「いや、本当は違うんだよ? 普段はもっと雄々しいから。高所恐怖症のせいだから!」


吉川 「どうでもいい言い訳! そんなの聞きたくない」


刑事 「でしょ? 俺もさっきそんな気持ちだった」


吉川 「一緒にすんなよ!」



暗転

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