長い毛

吉川 「……でさ。なぁ、聞いてる?」


藤村 「ん? うんうん」


吉川 「本当? どう思う?」


藤村 「なにが?」


吉川 「いや、聞いてなかっただろ!」


藤村 「ごめん。ちょっと途中からあれで」


吉川 「なんだよ、あれって! 人が真剣に話してるのに」


藤村 「ほら、ここ」


吉川 「なに? 耳?」


藤村 「なんかね、ここに長い毛が生えてるのよ」


吉川 「知らねえよ! なんだよ! 毛! そんな毛が俺の話より大事なわけ?」


藤村 「大事ではないんだけど、気になるじゃん。ほら、なんかあるんだよ」


吉川 「じゃ、抜けよ!」


藤村 「だから話そっちのけで抜こうと思ってたんだけど、これがつまもうとすると上手くつまめない微妙な長さで」


吉川 「そっちのけるなよ! 俺の話を!」


藤村 「強引にいこうとすると見失っちゃって。ほら、自分では見えないから。指の感覚だけが頼りなんで、もう全神経を指に集中しないと」


吉川 「全神経! 俺の話は0%だったの?」


藤村 「俺の100%をもってしても抜けない厄介な毛で」


吉川 「鏡使えばいいだろ!」


藤村 「ありゃいいけど、鏡なんて持ち歩いてないもん」


吉川 「だから家に帰ってから鏡を見てやればいいだろ!」


藤村 「家に帰る頃にはもう忘れちゃうよ。この指先の微かな手触りだけが頼りなんだから。家に帰ってまで覚えてられるような重要案件じゃないんだよ」


吉川 「だったら俺の話の方を優先するだろ! なんでそんな非重要案件に邪魔されなきゃいけないんだ!」


藤村 「お言葉ではありますが、なんでこんな耳の長い毛に気づいたかといいますと、あなたのど~でもいい話を聞かされあまりの時間の無駄に精神がすり減り、何かに救いを求めた結果ようやく掴んだのが長い耳の毛なのです」


吉川 「すごい丁寧な言い方で俺の会話のすべてを完璧に否定したな」


藤村 「正直、お前にとっては重要かもしれないけど、俺にとってはど~でもいいんだよ。知ったこっちゃないんだよ。それをお前と同じ熱量で受け止めてくれって言われても無理に決まってるだろ」


吉川 「そんな言い方あるか? 眼の前の俺が今悩んでるのに! なにか力になりたいなとか思わないのか?」


藤村 「なれないだろ。お前自身がどうしていいかウダウダ悩んでるだけなのにどんな力になれるんだよ。具体的にこうしたいって方向性が決まってからなら手助けもできるけど悩んでるだけなら勝手にやってくれよ」


吉川 「お前さ! 共感とかないわけ? 気の毒だなとか思わないわけ?」


藤村 「じゃあ聞くけど、お前は俺の耳の長い毛に共感したわけ!? 長い耳の毛大変だな。とか気になるよな、とかそんな素振り一切見せないじゃん!」


吉川 「一緒にするなよ! 長い耳の毛と」


藤村 「一緒にはしてないよ! お前のど~でもいい悩みなんかより長い耳の毛の方が遥かにランクが上だろうが!」


吉川 「長い耳の毛よりランクが下の話題なんてないだろ! 会話の最底辺だよ」


藤村 「だとしてもお前の悩みの方が更に下だね。もうお前の悩みなんて短い耳の毛レベルだよ!」


吉川 「すべての事象が耳の毛の長さで表されるわけじゃないぞ! 長ければ偉いってわけでもないだろ!」


藤村 「いや? メチャクチャ長ければすごいだろ、それはそれで」


吉川 「そうかもしれんが! お前さ、本当に俺の話聞いてた?」


藤村 「だから耳の長い毛が」


吉川 「聞いてないんだろ? 聞いてないくせになんでくだらないって断じるんだよ!」


藤村 「個人のもつ悩みなんて大小あれど全部他人にとってはくだらないものなんだよ!」


吉川 「だとしてもちゃんと聞いてから判断しろよ! お前は聞いてすらいないだろ!」


藤村 「なに? どんなの? かいつまんで言えよ」


吉川 「だーかーらー! うちの天井裏に、なんか忍者が住んでるっぽくて……」


藤村 「え、お前。それ! かなり耳の毛長いじゃねぇか!」


吉川 「その単位でジャッジしないでくれる?」



暗転

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