メンゴ

吉川 「しかし起きてしまったことは仕方がない。これからしばらく我が社も大変になるけれども、落ち込むのは一旦脇に置いて、まずはとにかく信用の回復に努めたまえ」


藤村 「誠にメンゴでーす」


吉川 「待て。なんだそれは?」


藤村 「メンゴでーす」


吉川 「メンゴじゃないんだよ。ことの重大さをわかってるのか?」


藤村 「ええ。ですから誠にって言いました」


吉川 「誠か誠じゃないかに争点を置いてないから。そのあとの」


藤村 「ん?」


吉川 「違う! 後ろ見たって何もないよ! 違うだろ、メンゴでーすって」


藤村 「メンゴです」


吉川 「メンゴじゃないだろ!」


藤村 「メンゴじゃないんですか? なんだ、ホッとしたぁ」


吉川 「違うよ! 謝りはしろよ! 謝罪は必要だけど、それはメンゴじゃないだろ?」


藤村 「謝罪は必要だけど、それはメンゴじゃない?」


吉川 「そこで不思議がるなよ! 適切な言葉じゃないだろ」


藤村 「あの、これってひょっとしてパワハラじゃないですか?」


吉川 「まったくそうではないよ! 謝り方がおかしいと指導してるんだ」


藤村 「きちんと謝ってるのにですか?」


吉川 「きちんとではないだろ! メンゴは一般社会においてきちんとしてません」


藤村 「いや、違います。メンゴじゃなくて誠にメンゴでーす」


吉川 「変わってないんだよ! お前の中の基準では違うのかも知れないけど、印象がビタイチ変わってない!」


藤村 「ここまで言ってるのに。もうこれは完全にオコハラですね」


吉川 「オコハラ!? 怒りハラスメント? あるの? それは怒られる方が悪くない?」


藤村 「こちらが誠心誠意謝罪してるのに、それ以上何を求めるんですか? ただ追い詰めて苦しがってる姿を見たいだけなんじゃないですか?」


吉川 「そんなわけがない! 誠心誠意謝罪はしてないだろ。言い方が軽すぎるんだよ!」


藤村 「言い方なんて気持ちがこもってれば一緒でしょ」


吉川 「気持ちがこもってるように思えないだろ、メンゴでーすは」


藤村 「うちは先祖代々これでやってるんですよ」


吉川 「先祖代々!? メンゴの歴史そんなになくない? 言うても最近生まれた言葉じゃない?」


藤村 「うちのご先祖様はメンゴでーすで切腹したらしいですし」


吉川 「切腹を!? 切腹までしてるのに言い方はメンゴなの? 切腹の価値が目減りしすぎてない?」


藤村 「うちの内匠頭たくみのかみがメンゴでーすって」


吉川 「内匠頭!? ひょっとして浅野さんのところの!? 赤穂浪士にそんなチャラいやついたの?」


藤村 「だいたいみんなこんな感じでやってたって聞いてますけど」


吉川 「だいたいみんなはそんな感じでやってないだろ。いても一人だろ」


藤村 「じゃあその一人の子孫なんで」


吉川 「認めたわけじゃないよ! だいたい切腹してるのに子孫いるの?」


藤村 「別に一族郎党なわけじゃないですから。奥さんや子供は普通に生きてたんじゃないですか。それに私が生まれた時も帝王切開だって母は言ってましたよ」


吉川 「それは一緒のジャンルじゃないだろ! 遺伝は関係ないし、先祖代々切腹しがちですってことはないんだよ」


藤村 「私は正直、そこまでは無理です」


吉川 「求めてないよ! メンゴでーすと切腹の両極端しかないの? 中間のちょうどいい謝罪があるだろ」


藤村 「お言葉ですが謝罪というのは気持ちじゃないですか? ちょうどいいとか悪いとかではないと思います」


吉川 「本当にお言葉はしっかりしてるけども! それだけしっかりしてなんでメンゴでーすなの!?」


藤村 「逆に何が不満なんですか?」


吉川 「本当にわかってない? 不満とかじゃなくてさ。メンゴってゴメンのカジュアル系でしょ? そもそもゴメンもビジネスシーンに相応しくはないけども、百歩譲っていいとして。メンゴじゃなくてゴメンて言えよ!」


藤村 「それはゴメンです」


吉川 「断ってるみたいになっちゃった!」



暗転

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