アート

吉川 「美術館なんて来るの初めてで、あんまりこういうアートとかの見かたがよくわからないんですけど」


藤村 「それなら大丈夫です。まず素直な気持ちで見てください。なんか気になるな、とか変だなと思ったらそこがきっかけになります」


吉川 「そうなんですか」


藤村 「私なんかはちょっとこれが気になっちゃって。ほら、この辺。気づきません?」


吉川 「あ、あぁ? あぁ。言われてみればなんか。アートっぽいというか」


藤村 「ここ。誰か触ったみたいでガラスになんか脂ついてますね。ほら。汚い手で触ったのかな。やめて欲しいですね」


吉川 「え、はい。アートじゃなくて?」


藤村 「これは汚れです。すごい気になるなぁ」


吉川 「そうですか。気にすると言ってもどこをどう気にしたらいいのかもわからなくて」


藤村 「わからないなっていう感想も立派な感想ですから」


吉川 「わからなすぎて何がわからないのかもわからないです」


藤村 「ここ見てください。ほら、赤が特徴的なんですけど」


吉川 「このちょっとだけある赤ですか? はぁ、なるほど。確かに言われてみれば」


藤村 「そうでしょ?」


吉川 「はい。なんか赤がいいのかな?」


藤村 「絶対この赤ない方がいいですよね。まじで何であるんだろ」


吉川 「あ、ダメな方で?」


藤村 「はい。ダメでしょ? どう見ても」


吉川 「まぁ、そうっすね。良くないのかな? 言われてみれば。良くないかも知れないです」


藤村 「ただねぇ、結構これを話題にする人が多いんですよ。私は良くないと思うんですけど。でも良くないなって人の意識に訴えかけるっていうのも表現の一つで大切だと思うんです」


吉川 「あー……。はい。結局いいんですか?」


藤村 「そういった意味では最高ですよね」


吉川 「あ、最高なんだ。いいってことですよね」


藤村 「良くはないです。その良くなさが最高」


吉川 「やっぱり難しいな。アートは」


藤村 「特に現代アートなんかは人間の無意識の部分を表出させる意図で作れられるものも多いんですよ。ほら、これ」


吉川 「これ? あ、これ看板かと思ってた。トイレの」


藤村 「はい、トイレの看板です」


吉川 「ですよね。これは作品じゃないですよね?」


藤村 「でも、これを見ると無意識にあった尿意が意識されませんか?」


吉川 「そんなこじつけみたいな理屈を? 看板なのに」


藤村 「アートを特別なものと思うのがよくないと思うんです。アートというのは私達の生活の中にあるもの。そしてほんの少しの気づきを与えてくれて、人生にアクセントをもたらすものだと思ってます。看板だって誰かがその意図を伝えるためにデザインしたんですからアートですよ」


吉川 「なるほど。じゃあ丸められた新聞紙も」


藤村 「それはゴミですね」


吉川 「あ、これはゴミなんだ。なんか意図とかがあるわけじゃなく」


藤村 「どう見てもゴミでしょ」


吉川 「どう見てもゴミだとは思ってました。でもそんな中に気づきが……」


藤村 「ゴミにですか?」


吉川 「ゴミに対する風当たり強いな。さっき生活の全てみたいに言ってたのに」


藤村 「掃除する人の気にもなって欲しいですよ。こんなところに捨てるなんてろくでもないやつですね」


吉川 「正論だなぁ。なんか屁理屈が来るのかと思ったら真っ直ぐな正論が来ちゃって何も言い返せない」


藤村 「ひょっとしてアートって屁理屈だと思ってません?」


吉川 「いや、そこまでは」


藤村 「そうなんです。アートとは屁理屈なんですよ」


吉川 「ビンゴだったの?」


藤村 「だって絵にしたって彫像にしたって、役立つものじゃないんですよ。究極を言えば意味なんてない。でもその中に価値を見出すこと、その屁理屈こそアートですから」


吉川 「なるほどぉ。なんかすごくためになりました。美術館来てよかったなぁ。色々と感銘を受けました」


藤村 「そうですか。中に入ればもっと色々ありますよ」


吉川 「まだ入ってなかったんだ!?」



暗転

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