無から

藤村 「まさかこんなところで出会うとはな」


吉川 「え、なんですか急に」


藤村 「隠し通せると思ったのか? 落ちたぜ、こいつがよ」


吉川 「あ、使い捨てカイロ。落ちちゃいましたか」


藤村 「俺の前で見せたのが運の尽きだったな。お前、そういう能力者だろ」


吉川 「の、能力者? 一体何のことです?」


藤村 「こいつを見て俺が気づかないとでも思ったのか? まぁ、敵対するかどうかはお前の出方次第だけどな」


吉川 「使い捨てカイロを? 落としただけですが」


藤村 「そうだ。お前の身体から落ちてきたんだよ。俺はこの目でしっかりと見たぜ。ズバリお前は無から使い捨てカイロを生成する能力者だろ!」


吉川 「無から使い捨てカイロを生成する能力者」


藤村 「迂闊だったな。まさか生み落とすところを見られるとは」


吉川 「そうは思わなくない?」


藤村 「あくまでしらを切るつもりか」


吉川 「え? 使い捨てカイロが落ちたのを見て、こいつ生み出しやがったって思ったの?」


藤村 「それ以外にどう考えられるんだ?」


吉川 「いや、普通につけてたやつが落ちたって思わないの?」


藤村 「使い捨てカイロをか? フッ、馬鹿馬鹿しい」


吉川 「え。馬鹿馬鹿しいの? そんな特殊な能力者だと思う方が馬鹿馬鹿しくない?」


藤村 「こんなうららかな気候なのに使い捨てカイロをつけるやつなんているか?」


吉川 「それは個人の自由じゃない? いるでしょ、朝晩は冷え込むんだから」


藤村 「使い捨てカイロをつけてたことはいい。でも語るに落ちたな。その使い捨てカイロはどこから出したっていうんだ?」


吉川 「なに、その勝ち誇った顔。普通に買ったに決まってるだろ」


藤村 「俺をなめてないか? こんなむき身で売ってる使い捨てカイロがあるわけないだろ」


吉川 「買った時はパッケージに入ってたよ。当たり前だろ。使うから出したんだよ」


藤村 「随分言い訳を考えたようだが、そんなのが通ると思ってるのか? 使い捨てカイロってのはな、試供品でもらうものであってわざわざ買うもんじゃないんだよ!」


吉川 「いや、買うよ! お前がたまたまそうなだけだろ。寒かったら買うよ。なんなら結構大箱のいっぱい入ってるやつを買うよ」


藤村 「暖かい室内にいればいいのに、もったいないだろ」


吉川 「全部自分の事情! 暖かい室内にいられない状況の人がいるって想像力が働かないの?」


藤村 「厚着すればいいし」


吉川 「だからそれじゃすまない人もいるんだよ。なんで能力者なんていう妙な想像ができるのに使い捨てカイロ使う人の想像力だけ希薄なんだよ」


藤村 「そりゃ俺だって能力者だからな」


吉川 「能力者なの!? なにか、そういう世界観があるの?」


藤村 「もちろんだ。まぁ、俺の能力は見てもわからんだろうな」


吉川 「わからない。そんな人がいるなんて思ってもみないし」


藤村 「使い捨てカイロほど偏った能力じゃないぜ」


吉川 「だからこれは能力じゃないんだよ。能力で生み出せたらすごいけど」


藤村 「いいだろ、どうやら敵対するつもりはないようだからな。俺は無から鼻水を生成できる能力者だ!」


吉川 「できるんだよ、それは。誰でも!」


藤村 「無からだぞ?」


吉川 「実際は無じゃないだろ! 身体の要素として出るもんなんだよ」


藤村 「これからの季節はより出やすくなる」


吉川 「そうだろうな。なぜなら寒くなるから。なんだったら使い捨てカイロ分けてやるよ」


藤村 「やはり無から……」


吉川 「買ったやつ! いっぱい買ってるから!」


藤村 「まるでこの能力のすべてを知ったような気になってるが、俺には奥の手があるんだ」


吉川 「鼻水に? 追加要素あるか?」


藤村 「実はうどんを食べると出力をブーストできるんだぜ?」


吉川 「誰でもだよ!」



暗転

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