アイデンティティ
藤村 「最近、自分というものが何なのかわからなくなってきちゃって」
吉川 「中学生みたいな悩みを抱いてるな。中年の危機ってやつか?」
藤村 「それかもしれない。ほら、ずっとVRチャットに入り浸ってるからさ」
吉川 「そうなんだ。あんまりVRチャットのことよく知らないけど」
藤村 「まぁ、VRチャットというのはわかりやすく言えば人生そのもので」
吉川 「わかりやすく言ってる? そんな大雑把な断言していいもの?」
藤村 「少なくとも俺にとっては人生」
吉川 「一心に取り組んだ達人みたいなこと言ってる」
藤村 「つまり様々な人の人生ということでもあり」
吉川 「それは主観でしょ? どういうものだか説明してないじゃん」
藤村 「逆に聞くけど、人生ってどういうものか説明できる?」
吉川 「逆に聞いてくるなよ。人生と思えるくらいのものなのはわかったけど、そもそも何なんだよ」
藤村 「仮想空間で会話したり遊んだりできるシステムだよ」
吉川 「それは昔あったアバターチャットとは違うの?」
藤村 「ちょっと違うかな。アバターチャットってのは人生みたいなものじゃん?」
吉川 「同じだろ! 人生って言ってるじゃん」
藤村 「全然違う。アバターチャットは人生みたいなもの。VRチャットは人生」
吉川 「断言してしまう辺りがよりヤバい感じするんだよ」
藤村 「墓標にVRチャットって刻んでもいい」
吉川 「意味がわからないと思うけど。どっちにしろハマり方が尋常じゃなくてヤバいな」
藤村 「ハマるとかじゃないんだよ。だってお前は普段生活をしながら『俺、人生にハマってるな』って思う?」
吉川 「人生じゃないだろ? ゲーム的なものだろ? オンラインの。なんか勇者になって俺ツエー! みたいなのが楽しいんだろ?」
藤村 「もう全然違う。全然違いすぎて驚いた。ヒラメとカレイくらい違う」
吉川 「まあまあ一緒じゃねーか。引用するならもっと違うもの持ち込めよ」
藤村 「VRチャットはそういうのじゃない。ただいるだけ。活躍とかしなくて良い。俺はただのどこにでもいる美少女の住人」
吉川 「一緒じゃねーか! 美少女のって時点でキャラを演じてるんだから」
藤村 「いや、これが全然演じてない。ありのままの俺。そしてありのままの美少女の俺をみんな受け入れてくれる」
吉川 「お前はありのままだとおじさんだろ? アリでもママでもないよ?」
藤村 「お前大丈夫か? 俺のことを美少女だと思ってないやつなんて世界でお前だけだぞ?」
吉川 「それはダウトじゃない? 世界のほとんどの人はお前をおじさんだと思ってるよ。そのVRチャットという狭い世界の知り合い以外は」
藤村 「だからそれはお前という視点から見た俺でしかないわけ。それは極めて狭い一部分であって俺の本質なんかじゃないの」
吉川 「本質ではあるだろ。お前と付き合ってきた俺が言ってるんだから」
藤村 「お前には妹がいるよな?」
吉川 「いるよ。最近会ってないけど」
藤村 「妹から見たらお前は兄なわけだ。でも世界中の誰もお前を兄だと思ってない。たった一人、妹だけがそう思ってる。それと同じように俺のことをおじさんと思ってるのもお前一人なんだよ」
吉川 「何故か説得力のある言い回しをしやがって! それとこれとは違うだろ。お前の実体はあくまでおじさんなわけで。ある制約の中でのみお前が望んだ姿になれるに過ぎないわけだろ?」
藤村 「なんか難しいこと言い出したな」
吉川 「急に引くなよ。お前から仕掛けたんだろ! お前は美少女になりたがってるおじさんでしかないんだよ!」
藤村 「それが違うんだよ」
吉川 「だからどう違うんだよ!?」
藤村 「俺は美少女ではあるんだけど、周りから美少女であるあまり過度な期待をサれることに疲れていて、できれば十人並みの普通の女の子になりたいと思ってるんだよ」
吉川 「おじさんなんだよ!」
暗転
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